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■「全日制高校立入禁止」の看板

1.新制高等学校の「理想」
 戦後の教育改革で文部省は新制高等学校につき「希望者全入」の理想を掲げた。

 高等学校は、希望する者全部を収容するに足るように将来拡充していくべきであり、その計画は、高等学校において修学を希望する者の数を調査する等合理的な基礎の上に立つて行われるべきものである。希望者全部の入学できることが理想であるから、都道府県及び市町村等は高等学校の設置に対して努力してほしい。また、高等学校の設置は官立・公立・私立のいずれの場合もある。
(文部省学校教育局「新学校制度実施準備の案内」より)

 また、新制定時制高校については次のような理想も掲げた。

新制中学校の卒業者及びこれと同等以上の者で全日制の課程へ進まない者は、すべてこれを定時制の課程に進学させることが望ましいのであるが、現在ではこれは義務制ではないので、このことを実現するには、学校の教育そのものを彼等が喜んで出席するような魅力あり、且つ有用なものにすることが、特に必要である。これは早急には果されないことであるが、常にこの目標を目指して、長期にわたって漸進的に、しかも堅実な改善を加えていかなければならない。
(文部省学校教育局「新制高等学校実施の手引」)

 さらに時の文部省は「青年学校のように生徒が義務制という縄で学校にしばりつけられたならば、青年の心は学校から離反するかも知れない。」(新制高等学校実施の手引)とまで述べた。新制高等学校は総合的に言って「来る者拒まず去るもの追わず」の理想を掲げたと言っていい。

2.現在の高等学校の「現実」
 さて、今現在の高等学校の現実はどうか。通信制の課程は「来る者拒まず去る者追わず」の理想を体現していると言っていい(ただし、営利目的である校も多いことは付言しておく)。定時制も比較的その理想を実現しているだろう。問題は全日制の課程である。来る者を拒んだと思ったら別のところでは去る者を追い、しかして自らのあり方を反省することはなく、去ろうとするのを生徒の責任に帰している。特別な課題(たとえば、学力であったり精神的な問題であったり、はたまた妊娠していることであったり)を抱えた生徒の前には「立入禁止」の看板を置いている。実際のところはその看板はハリボテで、無視して通ろうとすれば通れるのかもしれないが、とにもかくにも看板は置かれている。こんな看板を置くことが教育にとって有利であればまだ許容できるものであるが、実際にはそうでもない。通信制サポート校の存在はその証左であろう。特別な課題を抱えた生徒にとって通信教育の方法が特別に有利だと言うのなら「サポート校」など必要としないのであるが、実際のところはそうでないから「サポート校」に毎日通ってサポートをしてもらうわけである。このことを考えれば「立入禁止」の看板を置く正当性はまったくない。
 なるほど、全日制の教育を望まない生徒も多いであろう。望まない生徒に押し付けるのは間違いである。それは確かである。ただ、「立入禁止」の看板を生徒の前に置き、そしてその生徒がその看板に従って別の道を進むのは、決して主体的な進路選択とは言えない。主体的に進路を選ぶことができるのは、「立入禁止」の看板を取り払ったその後でのことである。

 と、自分の目の前にまさに「立入禁止」の看板を置かれた人間としては思うのだがね。京都府立朱雀高校で妊娠した女子生徒に通信制への転籍を慫慂したなんてニュースを聞いて、ふと書いてみた。
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テーマ:教育問題 - ジャンル:政治・経済

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