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■要項には明記していないけど、「親に財力があること」が日本中のかなりの大学の入学資格になっていて、それを皆が承知していること

 togetterでまたもや懲りずに煽り合いをした結果、見えてきたものがある。(現場はここ
 どんな人を大学に入れるべきか、の話になったときに、能力の高い者ではなく親に金がある者こそが大学に入るのがふさわしいと考えている者が、この国には相当数いることだ。当該コメント欄にはまあ大学に行かなくても道はあるとか、貧乏人は身の丈にあった行動をしろとか、あれこれ言う者がいたが、とどのつまりは大学には金のある者と低所得者のうち成績トップ層だけが行けばいいと本気で考えている。
 そして、良くも悪しくも現実に高校生たちはそのような信念に従って行動している。特に成績中下位層では、成績ではなく親の所得が大学進学するかどうかを決めている(小林雅之「進学格差」ちくま新書53ページ)。さすがに成績上位層では所得に関わらず進学しているが、成績中下位層では成績による進学率の差はほとんどなく、そこにあるのは親の所得の差による進学率の差だけである。社会全体が送る、「親が財力を有する者だけが大学に行くにふさわしい、能力は関係ない」というメッセージを、現実の高校生たちもしっかり受け止めて行動し、実際に親の財力によって進学するかどうかが決まっている。
 ただここで疑問なのは、あからさまに親の財力で大学進学が決まってもよいと述べているものが、「大卒者でも能力が低いものがいる」ことを嘆いているのだ(http://togetter.com/li/866110#c2123568)。当たり前ではないか。能力など無視して親の財力のみで大学進学者を選んでいるのが今の日本の現状で、それを肯定していたくせに、都合のいいときだけ能力を問うのなど「ないものねだり」でしかない。
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ブログ名変えた(2011.4.24)。落ち着かないなあ。

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