ヘッドライン

■スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

■若齢者の生活環境は「三丁目の夕日」の時代のそれで構わないとする意味不明の理論

 少し前にニコニコニュースに「学校で「スマホ」を使ってはいけない!? 生徒の持ち物「没収」はなぜ許されるのか?」という記事が掲載された。もともとは弁護士ドットコムに掲載された記事を転載されたものであるが。この記事自体はオーソドックスな理論構成になっている(若干の検討の余地はあるようには見えるが)。さてさて、この記事に対するtwitterでの反応を見ておいちょっと待てよと思った。次のようなツイートである。


 さてさて、この2つのツイートは若齢者にはスマホなどいらんと端的に言っているわけであるが、同じ様な理屈はスマホだけに限らない。インターネットだって不要だ、図書館で本を読めだとかさらにはエアコンも不要だ、打ち水でもしろ、時には我慢して自然に柔軟にに適合しろとかまあいろいろなバリエーションがある。まあこれらの意見を総合してみると「若齢者の生活環境など三丁目の夕日の時代の生活環境で十分だ!それ以後に生まれてきた文明の産物はすべて若齢者に有害だ!」とでも言っているように見える。私にはこんな理屈がどうしてもよくわからない。
 なお、スマホ脅威論の方々がおっしゃるような弊害の一つであるいじめ自殺の多発というのはむしろ新聞やテレビなどのオールドメディアがむしろ誘発していたりするものである。いじめにしたって教室空間での人間関係がそのままそっくりネット空間に持ち込まれただけなので、ネット空間がなくなれば教室で続行されるまでである。そもそも自殺の連鎖が問題となったのはゲーテの「若きウェルテルの悩み」を発端として多くの若者が自殺する現象が起こったことであったりする。古いものが健全で新しいものが不健全などというのはまったく根拠のない話である。
スポンサーサイト

プロフィール

資料屋

Author:資料屋
ブログ名変えた(2011.4.24)。落ち着かないなあ。

月別アーカイブ

FC2カウンター

ブログ内検索

ブロとも申請フォーム

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。