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■福島第一原子力発電所事故の犠牲者は被曝によるものじゃなくて被曝を避けるための避難によるものですよ

 昨日の記事では「美味しんぼ」のデマを批判し、放射能を極端に恐れることを問題視した。しかしだからと言って福島第一原発事故による犠牲がなかったと考えているわけではない。福島第一原子力発電所事故の本当の犠牲者について説明する。
 福島第一原子力発電所事故の本当の犠牲者がどこにいるかを見るにはそんなに難しい手順が必要なわけではなく、福島県発表の被害状況即報を見れば十分である。この即報を地図上に表わすと、やはりというかなんというか震災関連死は福島第一原発事故による避難地域に集中していることがわかる。この避難地域に集中した震災関連死こそが福島第一原子力発電所事故の真の犠牲者である。とりあえず図をごらんいただこう。まずは震災の直接的な影響による死者の状況である。なお、図に付してある円は福島第一原発から20km、30kmを示したものである。ただしあまり厳密に中心地点を定めているわけではないので目安程度にご覧いただきたい。
福島県直接死
 こちらの図では北に行くほど人口比死者数が多くなることがわかる。こちらは福島第一原子力発電所の近隣だからと死者が増えるということはうかがえない。単純に北に行けば行くほど死者が増える傾向にある。続いて震災関連死の状況。
福島県間接死
 こちらははっきりと福島第一原発事故に伴う避難地域に集中している傾向が見られる。最後に震災による直接死と関連死をトータルした人口比である。
福島県死者総計
 なんと、死者数が高い自治体は福島第一原発事故に伴う避難地域に集中しているではないか。しかもこれ、震災に伴う直接的な死亡とトータルしたものであるから、津波よりも原発事故に伴う避難が命を削っていたことがまざまざと見えてくる。
 回はたまさか放射線被曝だけは避けることができたので放射線被曝による直接的影響は見られなかったが、しかし放射線被曝を避けるための避難によって多くの犠牲者が発生している。そして、このような避難をしなければそれこそ放射脳といわれるような方々が訴えるような健康被害が確実に発生して命を削っていたはずである。(確かに現実には線量のさほど高くない地点も相当多かったのだが、それについては次の記事で触れた)福島第一原子力発電所事故による犠牲者はまさに避けることのできない避難によって生まれたのである。そんな犠牲の事例を一部示してみよう。

・避難地域に所在する病院に入院していた肺炎患者。原発事故により避難が必要になり、それまでしていた点滴も外し呼吸器も外し搬送される。搬送された先が体育館で、ここでも呼吸器をつけてもらえないまま。家族が迎えにくるまで必死で息苦しさに耐える。ようやく家族が迎えに来て遠方の病院に落ちつく。しかし数ヵ月後に避難に伴う苦痛によって亡くなる。
・避難地域に所在する病院に入院していた寝たきりの患者。原発事故により避難が必要になるも、避難のための車がなかなか来ない。医師たちはライフラインが途絶する中必死で看護を続ける。しかし、物資も乏しい中での看護に限界が訪れ、避難のための車が来る前に死亡。
・前事例と同じ病院でのできごと。避難の車が来るまでは何とか耐えたが、やってきた車が観光バス。もともと寝たきりだったのでバスに乗るのも厳しいのだがそれでも何とか医師たちが乗せる。その後点滴も何もないまま12時間以上もバスに乗せられ続け、そのバスの中で死亡。死亡しているのが発見されたのはバスが到着した避難所。
・もともと要介護認定を受ける程度ではあったが在宅生活をしていた。しかし原発事故の影響で避難をしなければならなくなり、長時間バスに乗る。しかもそれが何度も。これだけで極度に疲労したところにさらに避難所となった体育館での生活が苦痛を与える。寒い体育館で必死に耐え、狭い空間なのでろくに運動もできず、さらには食料も不足したので衰弱した。結果、疾病を発症して死亡。
 
 ここでちょっと解説。20km圏というのはかなり広大な範囲なのである。この図だと福島県の広さゆえに20km圏が大した広さではないように見えるのだが、これを首都圏や関西圏に重ねてみればどれだけ広い範囲なのかがわかりやすくなる。
東京や大阪の都心から20km、30kmがどれくらいになるのか図を示しておく。
首都圏
東京都心からの距離帯
関西圏
大阪都心からの距離帯
 この図に付している円の半径は福島県の地図に示した円の半径と同じである。いかに避難地域が広大であるかわかろうというもの。避難地域の病院から避難地域外の病院に移すというのは首都圏で例えれば文京区の東大病院あたりからつくば市の筑波大病院や毛呂山町の埼玉医科大病院に移送するようなもの。関西圏で例えれば大阪市大病院から京都市の京大病院辺りに移送するようなものだ。重症患者をそれだけ長距離動かしていれば当然身体に負担はかかり、命を削る結果になろう。

 こんな犠牲がそれこそ1000人の単位で発生したのだ。このような犠牲が多いところでは人口の100人に1人以上も出ている。阪神・淡路大震災による神戸市内の死者はおよそ人口の0.3%であることを考えればいかに多大なる犠牲者が生まれているかがわかる。そんな犠牲になった彼ら・彼女らが最期に感じた苦痛は被曝による病気による苦痛に勝るとも劣らないものである。間違いなく原発事故の犠牲者のはずなのだが、しかし彼ら・彼女らを軽視する人は多い。被曝による死ではないから軽視するのだろうか。あまつさえこのような現に出ている犠牲者を無視してありもしない被曝による犠牲だけを声高に訴え続けるのはもはや害悪でしかない。

 福島第一原子力発電所事故の犠牲者、それは被曝を避けるために絶対に欠くことのできなかった避難そのものが命を削った多くの犠牲者である。
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