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■靖国神社・遊就館を訪問して太平洋戦争のバカバカしさを実感するの記【改訂】

 都内にたまたま出たのでふと思い立って靖国神社の遊就館に行ってきた。ちょっとどんな展示だったかレポートしてみる。しんぶん赤旗なんかは微に入り細を穿つレポートを行っているが、私はパッパラパーなので極めて大雑把な見方しかしないのでレポートも大雑把なのはご容赦いただきたい。

 まずは入口入ってゼロ戦が。説明には戦史に残る戦果を上げたと勇ましいことを書いているわけだが、なぜ立派な戦果を挙げたのに戦争に負けたのだろうか。不思議である。遊就館の展示はことごとくこのように勇ましいことだけを示して悲惨な側面はほとんどスルーか記述があってもごくわずかである。入館料を払い館内に入り、エスカレーターを上ると日本兵の銅像が。説明書きは細かく見てはいないのだがこれだけでここの展示がどのような方向を向いているのかがうかがえる。。第一展示室では武人の気概をうやうやしく示す展示をやっている。ただ気概だけで戦争に勝てるわけではないし、気概だけで戦争をやっていいわけでもない。そのことを忘れてひたすら気概と誇りだけを示す展示、まさに大日本帝国そのまま。おなかいっぱいになったところでどんどん中に進んでいく。招魂式の展示もあって、厳かに式が行われていた様子はわかる。こうやって慰霊をしているんですよと。しかし合祀を取り消してくれと遺族に訴訟を起こされたこともあったよね。あれどうした?といらんこと(じゃないな)を思い出してどうも靖国の世界観についていけない。遺族の想いも何も無視して自らの信ずるところのみにしたがって宗教儀礼を行っていると言うのになーにが慰霊じゃ招魂じゃと毒づきながらも先を急ぎ、日中戦争のコーナーに。満州国の先進的な都市計画が写真で示されている。確かに立派な都市計画で、戦後日本の都市を見慣れた身からすればなんと立派な都市計画なのだろうと感嘆する。このような立派な「功」の部分を強調して侵略という「罪」の部分はひたすら隠蔽する。そうやって罪の部分を功だけで押し流してしまおうという展示だ。
 いよいよお待ちかねの太平洋戦争コーナー。もちろん靖国神社の施設でありますから「大東亜戦争」表記でございますとも。まずは対米交渉のいきさつが。日本はあくまでも平和的解決を望んだのに米国が制裁を次から次へと追加し、日本を追い詰めていったと言ってる展示である。そして最後の最後にハル・ノートを突きつけられてやむなく開戦したと、こういうことを展示で主張している。しかしだね、ハル・ノートってのは単に日本の侵略のやりすぎを止めようねって言ってただけ(あくまでもやりすぎを諌めていたのであってほどほどの植民地化は止めていない)なんだが。次の展示。日本がアメリカからの輸入資源にいかに頼っていたかが縷々述べられている。そしてこれだけ輸入していたのにアメリカが制裁してくれば日本は生存の途がない、戦争しかないじゃないかと。資源輸出国相手に戦争仕掛ければどう考えても勝ち目がないのは当然ではないか。何考えているんだ当時の政府はと。しかも、1941年の時点で日米戦をやったら日本はボロ負けって研究成果ができてたわけだ。(「昭和16年夏の敗戦」猪瀬直樹を参照されたい)それにもかかわらず戦争を仕掛けようって気になるのが当時の日帝の狂気である。つーか面子だけで戦争始めただろ、そんなことをさも悲劇の主人公のように書くんじゃない靖国神社よと突っ込んでおく。靖国神社の意図としては違うのだろうが、当時の国力を平易に示してくれているのでいかに先の戦争が無謀な戦争であったのかが容易にわかってしまう。
 続いて、太平洋戦争で敢闘した将兵の展示。この将兵はこんなに敢闘した、別の将兵はあんなに敢闘した、そんな展示が延々と続く。戦果は華々しく記載されても犠牲はサラリと。であるから日本側の被害よりもアメリカ側の被害の方が大きな作戦なんかではアメリカ側の被害と日本の被害とを並べて書いていたりする。アメリカ側の被害が大きかった作戦でも戦闘の勝敗はと言えば日本の負けだったりするんだが。さらには栗林中将が子に向けて書いた最後の手紙やら別の将兵が書いた遺書やらも展示されている。こうやって「みんぞくのほこり」を鼓舞する展示である。まことに空虚な誇りなのだが。将兵の敢闘を誇らしげに展示しているが、指導部が面子で戦争を始めなければ将兵の敢闘もそもそも不要だったわけだと思い始めると突然しらけてくる。しかも戦果を挙げた挙げたと勇ましいことを言う割に戦争は敗北に終わってるわけだし。誇りだけで国がやっていけるかよ、冷静に勘定しなきゃ国はやっていけないんだ、面子だけで戦争なんか始めるから日本の国が完全なる壊滅に追い込まれたのだ、何バカ言ってるんだ靖国神社と言いたくなる。

 ここで太平洋戦争における被害を一部示しておこう。なお、出典は経済安定本部「太平洋戦争による我国の被害総合報告書」(1949年)である。

人的被害
「銃後人口」(民間人)
死亡 299,485人
負傷 344,820人
(1944年人口 72,472,836人)

軍人・軍属
死亡 1,555,308人
負傷・行方不明 309,402人

物的被害
建築物被害 73,336,000坪
(当時の建築物面積の13.1%)
工業用機械器具被害 799,400万円
(被害率34%)
船舶被害 735,900万円
(被害率80.6%)
物的被害総額 653億円
(当時の国富の25%)

 太平洋戦争はこれだけのすさまじい被害をもたらした。当時の国富の25%などといってもピント来ないだろうから現代に引き合わせて少しだけ説明しておく。2012年末の日本の国富は内閣府の国民経済計算によれば3000兆円。この25%というと750兆円になる。この規模の被害は東日本大震災(被害総額推定16兆円)、首都直下地震(被害総額想定95兆円)、南海トラフ巨大地震(被害想定220兆円)が起きてもまだ足りない。東日本大震災単独でさえ我々はすさまじい被害を受けているのに、さらにその十倍以上の被害を受けるなど考えられるだろうか?これが太平洋戦争による被害のインパクトである。これだけの被害をもたらしておいて何が民族の誇りであろうか。いきさつとこの被害を見るとどう考えても当時の戦争指導部など国賊としか思えんのだが、どうしてそんな国賊を神様として奉るんでしょうねえ、靖国神社さん。
 続いての展示が「靖国の神々」。名前のあとに命と書いてあるもんだからこれは何かと思ったら神につけられる尊称であった。靖国に合祀されている多数の死者の写真がずらりと並べられている。靖国を好む遺族にとってはありがたいことなのだろうなと思いつつも靖国を嫌う遺族を思う。遺族に黙って写真を展示することはないのだろうが(展示には遺族からの申請が必要ですと記載があった)。ここでも相変わらず英霊の皆さんが敢闘しましたよ、誇らしいでしょと言う論調の展示である。だーかーらー、無責任にも戦争おっぱじめた連中の責任はどこに行ったんだよと。
 最後の展示が大展示室。思わず息を呑んだのは人間魚雷「回天」。こんな小さな艦に人間が入って操縦してそして特攻して行ったのだと。百聞は一見にしかずとはこのことである。

 遊就館の展示を見て全体的に思ったのはやたらと勇ましくやたらと誇りが強調されているがすべて単なる面子だよねと。損得勘定が一切入っていない。ほこりだけで国民が生活していけるかよと毒づきながら遊就館を後にした。後もうひとつ、太平洋戦争は実にバカバカしい戦争であった。軍人軍属は犬死ではないか。こんな戦争をもう二度とは起こしていけないと考える私であった。

〔2014.5.9〕
 一部に記述がふざけている、バカにするためのエントリは読みづらいなどと反応があったので記述を改めてみました。
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