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■「こども」を「子ども」と書くのを国語破壊だと述べる「日本時事評論」の日本語の乱れを嘆く

 一部でこっそり有名な「日本時事評論」という新聞がある。「社会運動の戸惑い」をお読みになられた方はもちろんご存知だろう。あの日本時事評論である。その日本時事評論、下村文科相が「こども」を「子供」と書くように指示したことを高く評価した記事を載せている(7月19日号(第1780号))。名詞や動詞の語幹は漢字で書くのが基本であって子供と書くのが正当なんだ、子どもなどと書くのは国語破壊だとか「子ども」表記が戦後教育のゆがみの象徴だとかえらく勇ましいことをお書きになられている。
 よしわかった、とりあえず日本時事評論の当該記事だけ見てみた。この人たちが言っている常用漢字表に載っている用例があるのに平仮名表記をしていないかをね。そしたらありましたよ。以下引用。

 こうした不当な言いがかりに対しては、正々堂々と「漢字で書くのが正しい」「交ぜ書きこそ、国語破壊につながる」「『供』は『人と供にあり』で、『子供』表記こそ人権尊重の立場だ」と正論を述べればすむことだ。

 ここに挙げられた屁理屈そのものは横に置くとして(「人と供にあり」なんて聞いたことないぞ)、んんん?「すむ」って普通は漢字で「済む」って書くものじゃなかったっけ?その他、漢字で書けるところを平仮名で書いているところが結構あったりする。漢字で書くべきものを書かないのは国語破壊だとか仰々しく書いていたくせに自ら率先して「国語破壊」をなさっているとは驚いた。何のことはない。「子ども」表記の背景に「子供中心主義」なるものを仮定してそれを敵視しているから子供と書けと文句を言っているだけである。国語破壊などどうでもいいのである。

 私のブログをお読みいただいている賢明な読者の方ならもうお気づきだろうが続いて槍玉に挙げるのは老人をなんと書いているかである。さて、2013年7月19日号日本時事評論は老人をなんと書いているかといえば「高齢者」である(6面)。「子ども」表記を「国語破壊だ」などと批判しながら戦後になって生まれた表現である「高齢者」は平然と使う。私はここに老人たちが子を敵視し自らのみを尊重せよと主張する老人中心主義の歪みを感じざるを得ない。そしてこの老人中心主義が老人にだけ手厚いという歪みを生み出しているのである。「高齢者」表記は戦後社会保障のゆがみの象徴である。まさに日本時事評論はこの老人中心主義を奉じていると言わなければならない(以上、日本時事評論の手口を真似しました)。

【おまけ】
 埼玉県も知事が「こども」を交ぜ書きにするのはけしからんと言っているがそれだったらまずは埼玉県のホームページにある「彩の国さいたま」を「彩の国埼玉」に変えたらどうか。ついでに「さいたま水族館」「さいたまスーパーアリーナ」「さいたま新都心」もそれぞれ「埼玉水族館」「埼玉スーパーアリーナ」「埼玉新都心」と変えるべきである。

【おまけ2】
 言語なんてのは常に変わっているものである。平安時代の古語と比べれば現代日本の口語は大きな違いがあるのである。そんなに変化が気に食わない日本時事評論の連中は古語でも使って新聞書いてればいいのだ。
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ブログ名変えた(2011.4.24)。落ち着かないなあ。

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