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■「子ども」は「子供」と言い換えるのがよいという。じゃあ「高齢者」も「老人」に言い換えれば?

 ふと東京都福祉保健局のホームページを見ていると「子供」という表記が目に付く。一般に行政文書では「子ども」表記が定着しているからこれは結構珍しい。埼玉県では県議会で質疑があり、知事が「子ども」表記から「子供」表記へと直していく方向での答弁をしていて、実際に埼玉県ホームページを見たらいたるところに「子供」表記がなされていた。
 さて、「子供」表記をする理由として埼玉県知事は先の質疑で「簡単な漢字をあえて混ぜ書きにすることはない」「子供は一般的に親についていくのが自然の状態であります。それからまた、日本ほど子供が大事にされた国は基本的にはありません。こうしたことは、明治時期に来た海外の方々の文献を読んでも、明らかになっています。したがって、「子供」の「供(とも)」という漢字については考え過ぎで、一種の自虐史観ではないか、こんなふうに私は思っています。」と答弁している。ふむ、親についていくのが自然の状態だと、だから付き従うものという義を持つ供を使っても構わないという。それから昔からこどもは大切にされてきたのだから「供」という漢字は考えすぎだと。なるほどわかった。まず最初の点について。こどもは年齢を増すにつれ親についていく状態ではなくなっていく。とりわけ10代中盤から後半ともなると。そんな彼らをも指す言葉である「こども」という語に「供」を使うのは実情にそぐわない気がする。
 ここからが本題。話は変わってお年寄りを指す言葉の話である。近年では「高齢者」という語が公的文書では使われており、老人という語は「老人ホーム」など単語の中に入っているものを除いてはほとんど使われていない。東京都福祉保健局も高齢者という語を使っている。ここで先ほどの「子供」表記をめぐる議論を思い出してもらいたい。日本は子供を大事に育ててきた国なんだ、だから子供表記でいいではないかと、こういうことを述べていた。ならば多年にわたり社会の発展に尽くされた方々に対する敬意を表す言葉であったはずの「老人」表記だって大いに使っていいはずではないか。やたらと単なる年齢の高い引く意を表す言葉に過ぎない「高齢者」表記を使うのはこどもを表すときにやたらと「未成年者」表記をするようなものである。
 このことは老人福祉法を読んだときにより感じた。老人福祉法は冒頭の理念を定めたところでは「老人」表記を多用しているが、具体的な施策を定めている条文では「六十五歳以上のもの」という表記を使っている。多分これが言い換えられると「高齢者」になるのだろう。条文だから当然とはいえあまりにも無味乾燥ではないか。厳密な語の定義を求められる場面でない限り「高齢者」表記は使いたくないと感じた。
 昔からこどもを大切にしてきたのだから「供」という漢字に目くじらを立てる必要がないのならば昔からお年寄りに敬意を表す表現だった老人という表現だって復活させたらいいではないか。それに代わる「高齢者」という表記が無味乾燥にすぎるのだからなおさらだ。
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