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■「能力がない人がブラック企業で働くのは当たり前」というのは間違いだ

 この記事のテーマは「労働問題」としたが、個別具体的な労働問題を述べたものではないので念のため。個別具体的な労働問題を考えるときの理念を書いたものである。もっともほとんどの人にとっては当たり前のことであるが。
 さて本題。「能力がない人がブラック企業で働くのは当たり前」だとか「ブラック企業が嫌なら転職すればいい、それができないならできない自分を恨め」というのは間違っている。どんな能力の人であっても最低限基本的な権利については保障されるべきだとするのが近代国家のあり方だ。ブラック企業で働くのは最悪の場合死すら招きかねないことである。能力がないならそれでも我慢しろと言うのはこの国のすべての民が持っている生命への権利を無視した暴論である。
 不思議なことになぜかこのことを忘れた人が多いのだよね。能力の低い人が危険に晒されても、基本的な権利を保障されなくても構わないという考えを敷衍していくと低所得の人が危険なほどに放射能で汚染された食物を口にすることになってもかまわないのだから放射能に関する規制を撤廃しようということになる。そんなの誰も賛同しないでしょ?自己責任と切り捨てないでしょ?ところがこれがこと労働問題になると生命や健康を守るための基準である労働基準法が守られなくても誰も文句言わない、文句言った人に対して「能力不足だ」などと非難する。まことにもって不思議でならないのだ。
 こんな「能力がない者はどんな待遇でも仕方ない」とする考えを皮肉ったコピペがあったので以下に紹介する。

分かりやすい格差社会Q&A

Q.貧困者は自己責任ではないか?
A.正解。

あらかじめ予想できた境遇は、努力を怠った自らの責任に他ならない。
一部の貧困者が不法に暴れることは一般的な常識である。
それに備える努力を怠り、通り魔に殺されることは自己責任である。


Q.貧困者は日本に生まれただけでも恵まれているのではないか?
A.正解。

アフリカでは平均寿命が40歳を切る国もあり、死因の殆どが餓死か殺人である。
日本では貧しくとも世界では上位1割に入るほどの裕福な生活ができる。
アフリカ人に比べれば、日本で通り魔に殺された者は恵まれている。


Q.貧困者はお金以外の幸せを見つければ良いのではないか?
A.正解。

価値観の多様化により、経済的な成功が必ずしも幸せには結びつかなくなった。
自らの意思で自らの価値観を変え、幸せを目指すことは人生に充実をもたらす。
通り魔にあった者は「死」「痛み」に幸せを見いだすよう、死ぬまでに価値観を変えれば良い。
(´-`).。oO

 非常に示唆的である。能力がないものがいかにされても構わないという考えを突き詰めると自らを守る能力がない者は殺されても当然だと言うことになる。さて、能力がないものがいかにされても構わないとする皆さん、自分が殺される覚悟はありますか?殺されるのは嫌?「殺されるのが嫌なら自分で自分を守るチカラを身につければいい、それができないならできない自分を恨めばいい」んじゃないですかね。
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テーマ:労働問題 - ジャンル:政治・経済

■コメント

■Re:「能力がない人がブラック企業で働くのは当たり前」というのは間違いだ [春田の蛙]

つまるところ、これの行き着く先が自力救済社会なわけですよ。それじゃマズいってのは中世の人間でも理解出来ることで、だから自力救済社会を終わらせた徳川政権が当時の人から歓迎されたという側面もある。

現代人のくせにこれを理解出来ないなら、はっきり言って致命的なバカです。バカはせめて口を閉じておくのが世の中のためとさえ思いますね。
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ブログ名変えた(2011.4.24)。落ち着かないなあ。

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