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■宮本顕治宅盗聴事件民事第二審判決

 創価学会が宮本顕治氏の自宅の電話を盗聴した事件の民事訴訟の第二審判決である。全文は「続きを読む」からご覧ください。
主文
本件各控訴をいずれも棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人ら
1 原判決中控訴人ら敗訴部分をいずれも取り消す。
2 被控訴人の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、第一、二審を通じて、被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
主文同旨
第二 当事者の主張
当事者双方の事実上の主張は、次に付加、補正するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
一 原判決の補正
1 原判決五枚目表六、七行目の「被告北條承継人ら」を「控訴人北條ら」に、同八行目の「被告山崎正友(以下「被告山崎」という。)」を「山崎正友(以下「山崎」という。)」に、同枚目裏七行目の「被告北林芳典(以下「被告北林」という。)」を「北林芳典(以下「北林」という。)」に、同一一行目の「被告ら」を「山崎、控訴人廣野、同竹岡及び北林」にそれぞれ改め、以下、原判決事実摘示に「被告北條承継人ら」、「被告山崎」、「被告北林」、「被告ら」とあるのをそれぞれ「控訴人北條ら」、「山崎」、「北林」、「山崎、控訴人廣野、同竹岡及び北林」に読み替える。
2 原判決二二枚目裏一一行目から同二三枚目裏六行目までを次のとおり改める。
「よって、被控訴人は、不法行為に基づく損害賠償請求として、控訴人らに対し、連帯して(但し、控訴人北條らについては、前記のとおりの承継があったので、控訴人北條らは、各自の相続分に応じた金員の限度で、控訴人鷹野及び同竹岡と連帯して)前記慰謝料一〇〇〇万円及びこれに対する不法行為以後の日である昭和四五年七月九日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。」
二 当審における主張
(控訴人竹岡)
1 本件電話盗聴は、山崎が自らの功名心からこれを計画し、控訴人廣野及び同竹岡に指示して実行させたものである。北條は、本件電話盗聴に関与していない(この点は、控訴人北條らの主張するとおりであるから、これを援用する。)。北條の関与を前提としてなされた原判決の算定する慰謝料の額は高額にすぎ、減額されるべきである。
2 本件電話盗聴がなされたのは、実質的には約一か月という短期間であり、また、一般的、抽象的に権利侵害があったというにすぎず、具体的なものはない。原判決の認定する一〇〇万円は、これを現在額に引き直せば、五〇〇万円となるものであって、是認し得る額ではなく、減額されるべきである。
(控訴人廣野)
1 原判決の認定する慰謝料の額は、本件電話盗聴に北條が関与したことを肯定して算定されているが、北條は、本件電話盗聴に関与していない(この点は、控訴人北條らの主張のとおりであるから、これを援用する。)。原判決は、事実誤認により慰謝料の算定を誤ったものであるから、減額されるべきである。
2 原判決は、本件電話盗聴の動機、目的、内容の利用について、何ら事実を認定せず、推測するにすぎない。これを慰謝料算定の基礎とはなし得ない。
3 被控訴人は、昭和四五年六月一九日頃には本件電話盗聴に気付き、その段階で、盗聴器の撤去も可能な状態であった。それにもかかわらず、犯人追及の糸口をつかみたいとの自らの意思で、設置された盗聴器を放置したのである。本件電話盗聴がなされた期間は、右の昭和四五年六月一九日までとすべきである。
(控訴人北條ら)
1 原判決は、北條が本件電話盗聴に関与したことを基礎づける具体的な事実を認定することなく、あるいは、その認定した個々的な事実からは北條が関与したことを結び付けることができないのに、北條の関与を認めたものである。原判決には、経験則違背による事実誤認がある。
 また、山崎が供述するところは、虚偽、虚構のものであって、その担造に係るものである。特に山崎と学会との敵対関係を考慮しないで、同供述の信用性を判断することはできない。原判決は、山崎の供述の信用性について、これを肯定したのか、否定したのか、判然としないが、その信用性を肯認するのは、採証法則に違背し、又はこれを無視するものである。
2 北條関与に関する事実関係について
 本件電話盗聴に北條が関与したか否かに関する事実関係は、以下のとおりであって、北條の関与を認め得るものはない。
(一)山崎と北條との電話盗聴の事前謀議について
(1)山崎は、控訴人廣野が作成したレポート(以下「廣野レポート」という。)に基いて、北條に共産党本部の電話盗聴の可否を諮った、と供述するが、鷹野レポートは存在しない。廣野レポートが存在するとすれば、共産党本部の電話盗聴が不可能であることは調査開始早々の結論であったから、同レポートの内容は、山崎の供述とは反対に、盗聴不可能というものになったはずである。廣野レポートに、山崎の供述するような電話盗聴が違法であるなどという当然の事柄を記載するはずはなく、枚数(一四、五枚)の割に、山崎の供述する内容は不明確である。また、廣野レポートに経費五〇〇万円と記載してあったというのに、北條に一〇〇〇万円必要と説明したというのも不合理である。
(2)原判決は、廣野レポートの存在を認定していないが、同レポートが存在しない以上、これを前提とした山崎と北條との謀議もあり得ない。原判決の認定した虞野の調査・報告は、北條と謀議する前提をなすような内容のものでない。また、その程度の調査・報告を前提に、山崎が北條と本件電話盗聴の謀議をするなどおよそ考えられないことである。原判決は、北條の本件電話盗聴への関与を肯定するが、その関与した時期を認定していない。
(3)山崎と北條とが電話盗聴について事前に謀議した事実はない。
(二)山崎から北條に対する経過報告について
 山崎の供述するところでは、控訴人廣野らが録取したテープをカセットテープにダビングし、これを北條に再生して聞かせた、というのであるが、本件電話盗聴が用いられた録音機はオープンリール式のものであって、かつ、録音状態は雑音がひどく、これをカセットテープにダビングするようなことは物理的に不可能であった。また、北條にテープを再生して聞かせるのであれば、テープだけ持参し、学会にあった録音機を利用すれば足りるので、ダビングする必要はない。山崎が供述する北條にテープを再生して聞かせたという場所、方法も、最高の機密を要求され、密室でなされるべきテープの聴取の場所、方法として考えられない。録取されていたという被控訴人の通話内容も不自然である。山崎が北條にテープを聞かせたという事実はない。
(三)北條から山崎に対する資金供与について
(1)本件電話盗聴のために支出された金員は、一一四万三〇〇〇円ないし一一九万三〇〇〇円と一応確定できるものである。それは、丙第二号証、第三号証の一、二、控訴人廣野及び同竹岡の供述によって明らかであって、山崎の供述するところは信用できないものである。
(2)そして、右金員は、山崎から交付された約七七万円のほかは、控訴人竹岡が新学同の保管金から約五〇万円を流用して、これを捻出したものである。山崎が供述する数百万円もの金を控訴人廣野に渡したということはない。
(3)原判決は、山崎の供述の信用性についての判断を示さず、悉意的な推測によって、北條が資金を供与したものと認定するものであって、不当である。本件電話盗聴で山崎が実質的に負担しなければならなかった金員はせいぜい三〇万円で、かつ、山崎がこれを負担することは可能であった。北條が資金を供与した事実はない。
(四)北條から山崎に対する中止指示について
(1)仮に、北條の関与のもとに本件電話盗聴が開始されたものであれば、これを中止する際、山崎は、北條の指示を仰ぐはずであるが、その事実はない。更に、山崎から控訴人廣野に対して中止を指示した後、直ちに北條に事後報告がなされるはずであるが、七月一一日まで事後報告をしなかったというのは不自然である。
(2)控訴人廣野らは、山崎の指示に反して、本件電話盗聴を中止したのであるが、山崎の指示で開始されたものであればこそ、山崎の指示に反して中止したのであって、北條が関与していたのであれば、山崎の指示に反することは、北條の指示に反することにもなるから、控訴人廣野らが勝手に本件電話盗聴を中止するはずはない。
(3)本件電話盗聴を中止した経緯にも、北條の関与を窺わせる事実はない。
(五)山崎から北條に対する本件自白について
(1)山崎は、本件電話盗聴を北條に告白した際(なお、原判決は、これを報告と判断するが、告白である。)、秋谷がちぎったテレファックスを持って入室して来た、と供述するが、聖教新聞社のテレファックスは、担当職員が学会、公明党関係の記事を選別したうえ、秋谷に届ける仕組みであったこと、本件電話盗聴が新聞報道された際、これを学会に結び付ける報道がなされたわけではないから、そのテレファックスを担当職員が秋谷に届けるはずはなく、従って、秋谷がこれを北條のところへ持参するはずもない。山崎の供述するような事実はない。
(2)山崎は、昭和四五年七月一一日夕刻(昼ではない。)、北條に本件電話盗聴を告白したものである。それは、本件電話盗聴の全貌が発覚した場合に備え、これが学会を護るためのものであったことを強調し、北條の理解と同情を得、後々、北條の庇護を受け易くしようとするための告白であった。事後報告ではなく、これを北條が本件電話盗聴に関与したことに結び付け得るものではない。
(3)なお、北條は、山崎から告白を受けた際、本件電話盗聴の事後処理を山崎に任せたが、本件電話盗聴が発覚し、北條が事後処理に関与していれば、北條が当初からこれに関与し、学会ぐるみの組織的犯行に違いないと誤解され、学会自身の責任が追及されるという事態になるのが必至であるからである。山崎に事後処理を任せても、山崎は、もともと学会に不利益をもたらすことを意図して本件電話盗聴を実行したわけでないから、不自然でない。
(六)北條が本件電話盗聴に関与する動機について
(1)学会及び公明党は、当時、言論出版妨害問題とは別に、政教分離問題が提起され、北條らの学会首脳は、言論出版妨害問題につき、行きすぎた批判に対する自衛的なものとの認識が強く、さほど警戒はしていなかったが、政教分離問題は、憲法論議にまで発展し、学会及び公明党の存立の根幹を脅かすものとなっていた。
(2)学会及び公明党を取り巻く当時の状況を右のように情勢判断していた北條が本件電話盗聴に関与する動機はない。北條の関与を認めた原判決は、北條の欲求動機を過大評価し、抑止動機を過小評価するもので、不当である。
(3)そもそも被控訴人の主張によっても、山崎らの本件電話盗聴の動機は、主に共産党に対する報復であったというのであるが、報復とか逆恨みとかの感情的な動機は、およそ責任ある最高幹部の動機として異例なものであって、北條にそのような動機はあり得ない。報復動機は、まさに山崎自身そのものである。山崎は、北條の情勢判断を十分承知しており、当時、北條が世間を刺激するような言動についていかに神経質になっていたかを知悉していたので、敢えて北條に諮ることなく、その独断で本件電話盗聴に着手したのである。
(七)本件電話盗聴後の山崎の処遇について
 北條は、山崎から本件電話盗聴を告白され、不信感を持ったが、学会に対する造反等とは異質のものであったから、これを自分の胸中にしまい込み、一切の事情聴取もせず、他の学会首脳へも話さずにいようと決意したのである。しかも、山崎は、学会内での立場を高めていったものであるから、山崎を冷遇するような挙に出ることは、あらぬ誤解も生じ、自分の意図と反する結果となりかねない。北條は、敢えて山崎を継続中の活動から外さなかったというだけのことで、山崎を特に重用したなどということはない。
(八)本件電話盗聴後の情報収集活動について
 原判決の認定する本件電話盗聴後の情報収集活動は、その時期、状況、態様、相手方等いずれをみても、本件電話盗聴とはまったく異質のものであり、北條がこれに一部関与することがあったとしても、本件電話盗聴に関与した根拠とすることはできない。
3 山崎の供述の信用性について
 山崎の供述は、前述したところ以外にも、以下のとおり担造に係るものがあって、およそ信用できないものである。
(一)盗聴器の設置時期について
(1)山崎の供述は、単なる記憶か、現場の担当者からの伝聞であって、極めてあやふやなものである。しかも、二転三転する。これに対して、控訴人廣野、同竹岡の供述には、次のとおり、不自然な点はまったくないが、原判決は、これを措信しない。控訴人廣野、同竹岡の供述を排斥し、山崎の供述を採用するのは不当である。
(2) 山崎は、もともと本件電話盗聴を急いでいたものであって、特に池田講演後になって急いだものではない。
 池田講演までになんとか情報をとりたいという山崎が、同講演を迎えても、未だ開始されていない本件電話盗聴の進行状況をみて、早急な開始を督促することはあり得るところである。控訴人虞野及び同竹岡の供述は不自然でない。
 特に、池田講演の内容は、一般の学会員にとって「青天のへきれき」以外の何ものでもなく、控訴人廣野らが知る由もなかったのであるから、同講演に驚いた控訴人磨野が本件電話盗聴の中止を山崎に確認したのは当然の行動である。
(3)本件電話盗聴を開始した時点で青木高井戸マンションが賃借されていなかったのは、ニュー外苑ハイツが盗聴計画全般の拠点として設営されていたので、盗聴の成否未定のうちに別に拠点を賃借する必要がなかったからである。
 被控訴人宅の電話盗聴が可能であることが現実に確認されてから青木高井戸マンションは賃借されたものであり、同マンションの賃借時期が昭和四五年五月一四日であることは、必然的に、本件電話盗聴の開始(盗聴器の設置)がそれ以前とならざるを得ない。
 また、本件電話盗聴において、録音機は不可欠の機材ではない。盗聴によって得ようとするのは情報の意味内容であって、それがどのような音声で語られたかではないからである。傍受の成功を確認した後に購入するほうがより自然な行動である。原判決の評価するような重要性はない。
(4)控訴人廣野らが青木高井戸マンションの賃借前に木造アパートを賃借しようとしたのは、当時の高井戸周辺の住宅事情、資金関係等を考えると、原判決の指摘するような疑問はない。機密保持という観点からすれば、鉄筋マンションのほうがすぐれているが、木造アパートがまったく不向きということにはならない。むしろ、室内アンテナを利用できるという利点さえある。
(5)控訴入唐野が最初に設置した盗聴器が電池式であったのは、当時、松本の製作中の盗聴器が完成していなかったからで、その完成が五月一五日以降であることは、それ以前に電池式盗聴器が設置されたことを否定する理由にはならない。最初の取付けで、電池式盗聴器でなく、性能に万全の信頼をおけない原判決のいう「電源式」盗聴器を設置することこそ考え難いものである。
(6)盗聴器の設置時期について、山崎の供述が信用できず、控訴人廣野及び同竹岡の供述を信用すべきことは、山崎が当時使用していた手帳(乙第八号証の一ないし一二・以下「山崎手帳」という。)の昭和四五年五月八日の欄の「広ノ」との記載に表わされていることからも明らかである。
 また、丙第二号証、第三号証の一、二も、その作成経過からして、盗聴器の設置が控訴人鷹野及び同竹岡の供述のとおりであったことを明らかにするものである。特に丙第二号証の「M」の記号は、当時、被控訴人を指すものとして控訴人廣野らと山崎との間で用いられたもので、丙第三号証の-の「高井戸拠点」は、青木高井戸マンションを表すものである。右の各書証は後日作成されたものではなく、控訴人廣野及び同竹岡の供述に信用性を認めさせるものである。
 更に、控訴人竹岡は、被控訴人の週刊朝日での対談予定を傍受したが、その時期からしても、盗聴器の設置は、山崎の供述する五月二五日以降ではあり得ない(なお、右対談が控訴人竹岡の供述する五月二二日に行われたことは、被控訴人の昭和六一年一月六日付準備書面でも、否定されていない。)。
(二)池田会長との折衝等について
(1)山崎は、昭和四五年四月二〇日朝、箱根研修所において、池田会長と会談し、本件電話盗聴に関する折衝があった、と供述するが、山崎は、同月一九日夜、桐ケ谷弁護士らと一緒に下山し、帰京後、麻雀をしているのである。右供述が虚構のものであることは明らかである。
(2)山崎は、学会学生部の昭和四五年夏季講習会の折、池田会長から本件電話盗聴に関して叱責され、直ちに下山した、と供述するが、山崎は、右講習会にずつと参加していて、途中で下山した事実はない。これも山崎の担造である。
(3)なお、山崎は、その後高等部の講習会の折であったかも知れない、と供述を訂正するが、高等部の講習会に山崎が関係したことはない。いずれにしても、担造であることに変わりない。
(三)本件電話盗聴前の首脳会談について
 山崎は、昭和四五年五月二〇日すぎ、学会本部において、北條、秋谷その他の首脳が会議して、本件電話盗聴の実行が決定された、と供述するが、右首脳会談の件は本件訴状にも触れられていないし、その顔ぶれ、時期、経緯等をみても不自然である。控訴人廣野らが盗聴器を設置した時期とも矛盾する。山崎が担造したものである。
(四)盗聴の中止及び盗聴器の撤去について
(1)山崎は、共産党大会出席の代議員宿舎での盗聴報道を知って、控訴人虞野らに本件電話盗聴の中止を指示しした、と供述するが、控訴人竹岡の供述にあるとおり、七月一日の被控訴人宅の子供の通話の異常を報告されても、これを意に介さず、本件電話盗聴の継続を指示したものである。右盗聴報道後も、もう少し続けうというのがその指示であった。
(2)控訴人竹岡の供述する被控訴人宅の子供の通話の件は、山崎も認めるところであって、信用することができ、山崎が本件電話盗聴の中止を指示したというのは事実に反する。
(3)なお、控訴人廣野は、本件電話盗聴の中止を決意したきっかけとして、被控訴人宅の植木の刈込みを見た、と供述するが、それは、時の経過と共に記憶が増幅されたため、そのような表現になったということが十分に考えられるので、これをもって同供述の信用性を否定し得るものではない。
(五) 山崎の性格について
 山崎は、謀略好きで、自己顕示欲、能力誇示欲が非常に強く、人の意表を突くようなことや抜駆け的なことを思い切りよく、面白半分に行うところがあり、また、そのようなことにのめり込むと自己抑制がきかなくなるという特異な性格の持ち主である。
 本件電話盗聴も、そのような特異な性格から、独断で、ひそかに控訴人廣野らに指示して、これを実行するに至ったのである。
 北條が本件電話盗聴を知りながら、これを容認することは絶対にあり得ない。
(被控訴人)
1 原判決の事実認定には、控訴人ら主張の誤りはない。
2 控訴人北條ら(控訴人鷹野及び同竹岡援用)の主張について
(一)控訴人らの「三名実行説」について
(1)本件電話盗聴には、山崎、控訴人廣野及び同竹岡の三名(以下「山崎ら三名」と略称する。)以外に、松本、江口、奈良、古川、内田らの学会員が関与しているのであって、山崎が供述するとおりの組織的犯行であった。控訴人らの主張するように山崎ら三名で本件電話盗聴が実行されたというのは偽りである。
(2)また、その資金は学会の資金が利用されたものである。学会が対立する勢力の情報収集のため、多額の資金を投入していたことは、本件の前後を通じ、疑いのないところであるから、本件電話盗聴の場合だけがその例外とは解されない。
(3)そのような本件電話盗聴を山崎がその独断で指示し、実行させることは、山崎の地位、立場等から考えられないことで、また、本件電話盗聴後の学会の山崎に対する処遇等をみても、本件電話盗聴が山崎の独断によるものでないことは明らかである。
 控訴人らは、本件電話盗聴後、山崎を冷遇し得なかったなどと主張するが、山崎が重用されていたことはまざれもない事実である。
 しかも、山崎ら三名等は、本件電話盗聴後も、情報収集活動に当たっていたもので、北條がこれを承認し、資金を供与していたことは明らかである。控訴人らは、本件電話盗聴との質的差異を云々するが、本件電話盗聴を北條が高く評価していればこそ、その後の情報収集活動を北條が容認したことを論理的に矛盾なく説明できるものである。
(二)控訴人の主張する山崎の北條に対する「告白」について
 北條が山崎から本件電話盗聴を告白されたというのが真実であれば、北條は、山崎から事実を聞き出し、自ら調査するなどするのが当然であって、事後処理を山崎に一任することはあり得ないことである。山崎から告白されたというのは支離滅裂な弁解にすぎない。また、誰が盗聴器を設置したのか判明していなかったその時点で、かつ、北條の対応いかんでは、山崎がそれまで学会内で築いてきた地位を一挙に失う危険を犯してまで、山崎が保身のために告白するということは不自然である。
(三)北條が本件電話盗聴に関与する動機について
 控訴人らは、当時の学会をめぐる言論出版妨害問題、政教分離問題の軽重を云々し、北條に本件電話盗聴に関与する動機がない、と主張するが、当時の状況は原判決が認定するとおりであって、右の主張は、無反省な開き直りでしかない。
(四)本件電話盗聴のための盗聴器の設置について
(1)控訴人らは、盗聴器の設置前、拠点(青木高井戸マンション)を賃借する必要がなかった、と主張するが、受信場所いかんでは盗聴器の設計変更が必要となる事態もあるのであるから、なにをおいても最初に受信場所としての拠点を決めなければならなかったはずである。
(2)また、現場で発覚し取り押さえられる危険を自覚しながら、数日で電池を交換する前提で、電池式盗聴器を設置するなどということはおよそ考えられない。
(3)録音機が不可欠の機材であったことは、通話を録取したテープを山崎に現に渡していること、録音のために、音声誘導式自動録音装置の製作を試みていること等からして、明らかである。
(4)控訴人らは、木造アパートを賃借しようと考えたとの点についての原判決の判断を論難するが、山崎との電話連絡等の機密保持という観点からは、鉄筋マンションのほうが木造アパートよりはるかに優れている。室内でスピーカーを通して通話を傍受するにも、防音上、鉄筋アパートが適当である。
(5)控訴人らは、山崎手帳の記載を問題とするが、その記載が本件電話盗聴に関するものであることは明らかにされていないし、そもそも万が一にも発覚を恐れる山崎がそのような不用意な記載をするということはあり得ない。
(6)被控訴人の週刊朝日での対談予定を傍受したという控訴人竹岡の供述も、記憶内容が異常で、作為的な偽りというべきである(なお、被控訴人の昭和六一年一一月六日付準備書面は、被控訴人の週刊朝日での対談が控訴人竹岡の供述する日に現に行われたことを認める趣旨のものではない。)。
(五)盗聴の中止及び盗聴器の撤去について
(1)控訴人廣野が被控訴人宅の植木の刈込みをみて、盗聴器の撤去を考えたと供述するところが事実に反することは、同控訴人自身、当時の写真を示され、「これは参ったです。」などと口走ったことからも明らかで、採用し得ないのは当然である。
(2)山崎ら三名の供述に照らせば、山崎が本件電話盗聴の発覚の危険に対して慎重な配慮をしていたことは動かせない事実であって、山崎が本件電話盗聴を中止し、撤退するように指示したのは当然である。
(3)控訴人らは、北條の関与があったのであれば、中止についても北條の承認を要するようかのように主張するが、発覚の危険を伴う急を要する場合の中止、撤退については、現場指揮者の山崎が独自の判断で手立てを講じ得るのが当然で、控訴人らの主張は、空虚な理屈、大げさな議論にすぎない。
(六)北條の本件電話盗聴への関与について
(1)本件電話盗聴に際し、山崎が北條らと数次にわたる謀議をしたこと、北條に録取したテープを聞かせたこと、事後報告に赴いたこと、池田会長から叱責されたこと等、
山崎の供述するところは信用することができる。本件訴訟においても、当初、全面的に事実を否認し、後に、北條の関与を否定するため、山崎ら三名実行説に転じた控訴人廣野及び同竹岡の供述は見え透いた創作であって、山崎の供述が基本部分において真実をついているのである。
(2)本件電話盗聴の資金についての原判決も、誤りはない。山崎は、潤沢な資金を利用して、本件電話盗聴の実行を指示したものである。山崎ら三名実行説に立って、本件電話盗聴で山崎が実質的に負担した金員が三〇万円であったとの控訴人らの主張は到底成り立たない。
(3)ニュー外苑ハイツを解約して、青木高井戸マンション賃借の費用にしたとか、山崎が資金がないと言ったとかの控訴人廣野及び同竹岡の供述はあり得ないことである。
(4)控訴人らは、控訴人虞野らの入金額が支出額であるかのような主張をするが、事後処理の費用を考えても、そのようなことはあり得ない。
(5)控訴人竹岡が新学同の保管金を本件電話盗聴の資金に流用したということもあり得ない。
(6)控訴人らは、丙第二号証、第三号証の一、二等が資金関係の資料であると主張するが、その成立、本件との関連性に疑問があって、事実認定の基礎になり得ないものである。
3 控訴人廣野及び同竹岡の主張について
右控訴人らは、原判決の慰謝料の認定を論難するが、本件におけるすべての事情を総合考慮すれば、少なくとも原判決の認定した額の賠償責任を控訴人に対して負担させるのは妥当である。
第三 証拠関係〈省略〉
理由
第一 山崎ら三名による本件電話盗聴の実行(その概略)について
一 具体的日時等の顛末及び山崎ら三名以外の者がこれに関与したかどうかはさておき、
昭和四五年五月頃から同年七月頃にかけての或る間、少なくとも山崎ら三名が、東京都杉並区高井戸西三丁目一番三号所在の当時の被控訴人宅に架設された本件電話と電話線を接続する本件電柱上の端子函に発信器(盗聴器)を設置し、被控訴人の本件電話による電話交信を傍受して、本件電話盗聴を実行したことは、被控訴人と右控訴人両名との間では、争いがない。
二 右説示の少なくとも山崎ら三名によって本件電話盗聴が実行されたという概括的な事実は、〈証拠〉に徴して明らかである。
第二 山崎ら三名の本件電話盗聴の実行に至る経緯について
一 山崎ら三名の地位、相互関係及びその役割
 〈証拠〉によれば、次の事実が認められ、この認定を妨げる証拠はない。
1 山崎ら三名の学歴・職歴及び学会役職は、いずれも原判決添付の「被告山崎経歴」、「被告廣野経歴」及び「被告竹岡経歴」に記載のとおりである(控訴人廣野及び同竹岡各自の学歴・職歴及び学会役職は、被控訴人と右控訴人それぞれとの間では、争いがない。)
2 また、山崎ら三名によって本件電話盗聴が実行された当時の学会の組織及び各セクションの概要は、原判決添付の「創価学会組織図(昭和四五年四月当時)(1)」、同「(2)」及び「各セクションの概略説明」に記載のとおりである(この点は、被控訴人と控訴人北條らとの間では、争いがない。)。
3 山崎と控訴入唐野とは、昭和四〇年頃、山崎が学会の学生部副部長、控訴人廣野が同部常任幹事であった当時、学生部幹部の先輩、後輩という関係で付合いが始まった。両者は、その後、時を前後して、控訴人廣野が学生部副学生部長に、山崎が同部主任部長に昇進したことなどから、更に親しい間柄になったが、特に昭和四六年六月頃、学生部を母体とする学生運動の全国組織(後の新学生同盟、略称「新学同」)の結成に向け、同部機関紙局の局長に就任した控訴人廣野が、主任部長であった山崎と連日のように打合せをし、山崎の指導を受けながらその準備に当たったことなどがあって、仕事上だけでなく、個人的にも親密な付合いをするようになった。
4 山崎と控訴人竹岡とは、昭和四三年秋頃、学生部の先輩、後輩として付合いが始まり、昭和四四年六月頃、控訴人竹岡が同部の機関紙局に入局し、主任部長であった山崎から指導を受け、特に新学同の結成に向けての同控訴人の仕事振りが山崎に評価されたことなどがあって、個人的にも親しい間柄となった。
5 控訴人廣野と同竹岡とは、昭和四二年頃、控訴人竹岡が広島から上京し、学生部に所属した際、控訴人鷹野が控訴人竹岡を担当する常任幹事であった関係から付合いが始まり、昭和四四年六月頃、機関紙局の局長に就任した控訴人廣野の勧めで控訴人竹岡が同局に入局し、仕事を共にするようになって以来、特に親密な間柄となった。
6 そして、少なくとも山崎ら三名によって実行された本件電話盗聴は、前認定の関係にある山崎ら三名のうち、山崎がこれを指示し、控訴人廣野及び同竹岡がこれを担当したものであった。
二 山崎ら三名が本件電話盗聴を実行した動機ないし目的
1 本件電話盗聴を指示した山崎は、本件電話盗聴を実行した動機ないし目的につき、当時、学会は、言論出版妨害問題に端を発し、いわば存亡の危機ともいうべき窮地に陥っていて、学会及び公明党に対する批判の急先鋒に立つ共産党の出方を探り、意図を知るダイレクトな情報が欲しかった(第七回期日)、昭和四五年五月三日の池田講演の後も、共産党がこれに対してどう出てくるかを知って、次の対応を考える必要があった(第一一回期日)などと供述する。
2 しかるところ、〈証拠〉に弁論の全趣旨を加えれば、次の事実を認めることができる。
(一)公明党は、昭和四四年に行われた衆議院議員総選挙で躍進を遂げたが、当時、学会を母体とする同党の体質について論議され、総選挙前の政策論争でも、これを他の政党から問題提起された。
(二)共産党も、昭和四四年一二月一三日、NHKで放映された同党と公明党との二党間討論において、同党の松本代議士が「公明党は、宗教と政治を分離しない結果、党の体質に宗教的権威が貫かれている。」と公明党の体質を批判したが、その討論会で、松本代議士は、藤原弘達著「創価学会を斬る」の出版に際し、学会がこれを妨害したという言論出版妨害問題を取り上げ、これを非難した(山崎第一回供述に徴すれば、言論出版妨害問題は、右二党間討論の前月頃に放映された民放テレビで、一、二、取り上げられたようである。)。以後、共産党は、機関紙「赤旗」で、学会及び公明党に対する批判のキャンペーンを開始するなどして、言論出版妨害問題を基調にした攻撃を加えるところとなった。朝日新聞にも、公明党に対して、批判に対して雅量がほしい、宗教(学会)との関係を明示すべきである等の論説が掲げられた。
(三)これに対して、公明党は、機構を改革するなどして、党の体質改善を図る一方、昭和四五年一月五日、竹入委員長(当時)が、言論出版妨害問題につき、その事実を否定する談話を発表したが、共産党は、議員団総会会長(当時)の春日正一が言論出版妨害問題を国会審議の場で追及する意向を示し、先の松本代議士も竹入談話を非難する談話を発表し、更に、中央委員会書記長(当時)の被控訴人が言論出版妨害問題を国会で追及する談話を発表するなどして、却って厳しい攻撃を加えた。また、著者の藤原自身から、言論出版妨害問題に関する折衝が語られ、当時学者らによって結成された「言論・出版の自由に関する懇談会」から、公明党の説明を求める声明が発表され、更に、書籍小売店とのトラブル、他に言論出版妨害があったのではないかとの疑惑が報道されるなどして、言論出版妨害問題は、重大な政治、社会問題の様相を呈していき、同月一六日、公明党の矢野書記長(当時)は、言論出版妨害問題につき、著者や出版元との接触の事実を認めたうえ、「あくまでも不当な中傷に対して学会の名誉を守るための話合い、要望の範囲内に止まる問題であり、言論の自由妨害などといわれるものではない。しかし、この問題で国民各位に疑惑を抱かせたことは遺憾だ。今後も疑惑を招くことのないよう、今度の問題を反省の材料にして、言論の自由をあくまでも尊重していく決意を改めて表明する。」旨の談話を発表するに至った。
(四) しかし、共産党の言論出版妨害問題に対する追及の姿勢は緩まず、朝日新聞、週刊朝日等の一般紙、週刊誌にも、学会及び公明党に批判的な記事が掲載され、著者はもとより、作家等の言論関係者もその批判に加わるなどし、更に、同年二月に招集された特別国会の衆議院本会議では、共産党議員の代表質問に取り上げられ、同院予算委員会でも、証人、参考人として、竹入委員長を始め、池田会長(当時)まで喚問され兼ねない気配となって、事態はいささかも沈静しなかった。
(五) しかも、右のような状況下で、「赤旗」は、同年二月二四日、前記「言論・出版の自由に関する懇談会」が入手したという、公明党の渡部一郎国会対策委員長(当時)が同年一月二四日に学会の学生部幹部会において行った、言論妨害問題に対する追及・批判を一笑に付すかのような講演を録取したテープに基づき、右講演の全容を掲載した。これがために、渡部国対委員長が辞任を余儀なくされるという事態さえ招いた。
(六)前記特別国会における証人、参考人喚問の動きは、同年三月一三日、自民、社会、民社、共産各党の国会対策委員長会談で、自民党が喚問に消極的な態度を示し、会談が打ち切られ、一応終息し、池田会長が国会から喚問を受ける可能性は事実上なくなった。矢野書記長は、右同日、言論出版妨害問題につき、「若干の接触は、自らの名誉を守るための申入れであり、わが党は、かつて言論・出版の自由を妨害したことはない。」旨の談話を発表したが、新聞では、これを先の一月一六日の談話とはかなり調子の違った、強気の談話と報じた。そして、三月一七日、社会、民社、共産三党の有志議員による「出版妨害問題真相究明議員集会」が開催されるなどして、依然、言論出版妨害問題に収拾の兆しはみられなかった。
(七)学会及び公明党は、言論出版妨害問題等で批判の急先鋒に立つ共産党に対して、党の機関紙である「公明新聞」、学会学生部の機関紙「大学新報」等で反撃を加えることとし、特に「大学新幸凱 では、同年三月一〇日号から「日共の黒い体質」と題する共産党批判のキャンペーンの連載が始められ、同年四月一四日号には「欺瞞渦巻く戦後日共史(上)」が掲載された。しかし、結局、池田会長自身が謝罪して事態の収拾を図るという方針を立て、「大学新報」の同年四月二一日号に予定の「欺瞞渦巻く戦後日共史(下)」の掲載は中止され、同年五月三日、学会の第三三回本部総会での講演において、池田会長自ら、言論出版妨害問題につき、「今度の問題は、正しく理解してほしいという極めて単純な動機から発したものであり、個人の情熱からの交渉であったと思う。ゆえに、言論妨害というような陰険な意図はまったくなかったのでありますが、結果として、これらの言動がすべて言論妨害と受け取られ、関係者の方々に圧力を感じさせ、世間にも迷惑をおかけしてしまったことは、誠に申し訳なく、残念でなりません。今後は、二度と、同じ轍を踏んではならぬと、猛省したいのであります。」と言明し、更に、政教分離問題、国教化問題等について釈明するに至った。右講演の全容は、翌四日、学会の機関紙「聖教新聞」に掲載された。
(八) しかし、共産党は、右池田講演後も、言論出版妨害問題等につき、なお学会及び公明党に対する攻撃を止めなかった。当時、「赤旗」に連載中の「黒い“鶴”のタブー」と題するキャンペーン(第三部)は、同年五月一九日に終了したが、学会及び公明党批判の論説、記事の掲載は続けられた。
3 控訴人らは、言論出版妨害問題等をめぐって学会及び公明党が置かれた当時の情勢につき、政教分離問題がとりわけ重要で、言論出版妨害問題はさほど警戒するものではなかったなどと主張するが、〈証拠〉に徴すれば、政教分離問題ばかりか、言論出版妨害問題についても、学会がいかに腐心していたかが窺われるところであって、右主張を首肯することはできない。
4 前認定の言論出版妨害問題等をめぐる事実経過、殊に共産党と学会及び公明党との応酬に鑑みれば、前掲山崎供述は、本件電話盗聴を企てた是非はともあれ、これを措信することができ、前示渡部国対委員長辞任の引金となった同委員長の講演の「赤旗」への掲載は、端的に、共産党が同講演を盗聴したからではないかと考えた(第七回期日)という山崎は、それが学会(首脳)の意向と結び付くものであったか否かはともかくとして、右供述のとおりの動機ないし目的から本件電話盗聴に至ったもの、と認めることができる。
5 そして、前認定の事実、 〈証拠〉によれば、本件電話盗聴を担当した控訴人廣野及び同竹岡も、また、学会(首脳)の意向との結付きはともかく、山崎と同様の動機ないし目的から本件電話盗聴に至ったもの、と認められる。
6 控訴人らは、学会(首脳、特に北條)の当時の情勢判断は、山崎ら三名のそれと異なるものであったことなどを理由として、本件電話盗聴は、山崎ら三名が学会(首脳)の意向とは関係なく、山崎の独断的な指示によって実行されたものにほかならない、と主張するが、北條の当時の情勢判断及び意向については、後に山崎ら三名以外の者が本件電話盗聴に関与したか否かに関連づけて検討するのでさておき、山崎ら三名の動機ないし目的それ自体が以上のとおりであったとの認定を覆すに足りる証拠はない。
第三 山崎ら三名による本件電話盗聴の実行(その顛末)について
一 本件電話盗聴が少なくとも山崎ら三名によって前認定の動機ないし目的から実行されたことは、前示のとおり明らかであって、これを指示した山崎も、これを担当した控訴人鷹野及び同竹岡も、本件電話盗聴の実行自体、それぞれ自認するところである。しかし、その顛末に関する山崎供述と廣野供述及び竹岡供述とは、ほぼ全般にわたって、真っ向から対立するといっても過言ではない。
 そこで、右のとおりに対立する山崎ら三名の供述の信用性の有無について十分に検討を加えたうえ、山崎ら三名が本件電話盗聴を企て、これを開始し、中止するまでの顛末を考察すれば、それは、以下のとおりであった、と認めることができる。
二 共産党本部に対する電話盗聴の企て及びその変更
1 〈証拠〉を総合すれば、次の事実が認められる。
(一)前示のとおり学会及び公明党に対する攻撃の急先鋒に立つ共産党の情報を何としても入手したいと決意した山崎は、昭和四五年四月初め頃控訴人廣野に、共産党の情報を収集するために電話盗聴はできないものかと相談した。新学同の運動を通じて共産党に反感を抱くことがあった同控訴人は、電話盗聴に強い関心を寄せた。そこで、山崎は控訴人鷹野に対して、電話盗聴が可能かどうか検討するように調査を命じた。
(二)山崎は、数日後、控訴人廣野から電話盗聴が可能である旨の報告を受けた。山崎と同控訴人は、共産党本部を目標にして、電話盗聴を実行することを企て、山崎は、しばらくして、控訴人廣野に対して、資金を渡し、その準備を指示した(なお、その資金額については、後に検討する。)。これを受けて、同控訴人は、同月半ば頃、共産党本部電話盗聴のために賃借した同本部近くのニュー外苑ハイツの一室を拠点として、山崎から同控訴人と一緒に行動することを了解された控訴人竹岡と共に、同本部及びその付近の状況の調査を始めた。
(三)また、控訴人鷹野は、右ニュー外苑ハイツの賃借前から、無線関係に詳しい学会員の松本に対して、電話盗聴に必要な無線発信器(盗聴器)の製作に当たらせ、松本は、右控訴人宅で、次いで右ニュー外苑ハイツで、電話線に流れる電気をその電源とする盗聴器の製作に当たった(なお、松本が共産党本部及び本件電話盗聴の企てを認識していたかは、後に検討する。)。
(四)控訴人竹岡と共に約一週間を費して共産党本部及びその付近を調査した控訴人虞野は、同本部付近は、終日、自動車の通行が途絶えることがなく、同本部に通じる電話線も複雑で、途中から地下に埋設されている等の状況から、同本部に対する電話盗聴は不可能であると判断し、ニュー外苑ハイツを賃借してから約一〇日後、その旨を山崎に報告した。
(五)山崎は、右報告に従って、共産党本部の電話盗聴を断念したが、その際、目標を被控訴人宅に変更すれば、その電話盗聴、すなわち本件電話盗聴が可能かどうか改めて控訴人廣野に調査するように命じた。
(六)山崎は、学会における池田会長に対する警護がその移動に連れて、厳重になされている状況から推察し、共産党においても、学会同様、被控訴人が所在するところを中心として警護がなされているのであろうから、被控訴人宅の電話盗聴は容易でないと考えていたが、数日後、控訴人廣野から受けた報告によると、案に相違して、被控訴人宅は警護が手薄で、電話盗聴を実行するのに有望とのことであった。そこで、電話盗聴の対象を変更し、被控訴人宅に対する電話盗聴、すなわち本件電話盗聴を企て、控訴人廣野に対して、警護が手薄のように見えても、実際は厳重な警戒がなされているかも知れないので、更に調査を続け、慎重に事を運ぶように指示した。
2 右認定に反する虞野供述及び竹岡供述の信用性
(一)控訴人鷹野は、共産党本部に対する電話盗聴が不可能であることは、調べればすぐ分かることである、と供述するが(第一四回期日)、共産党本部電話盗聴の拠点として、ニュー外苑ハイツを賃借したこと、ニュー外苑ハイツ賃借前から、松本が控訴人鷹野宅で盗聴器の製作を始めたこと、ニュー外苑ハイツは、盗聴器から発信される電波が届く範囲内で物件をいくつか捜したうえ、これを賃借したこと、そして、ニュー外苑ハイツ賃借後、共産党本部及び同本部の付近の調査に約一週間を費したことは、いずれも控訴人廣野自身の供述するところであって、右廣野供述のように、実行不可能であることがすぐ分かるのに、共産党本部に対する電話盗聴が企てられたとは解されない。控訴人廣野の右供述部分は、不自然で、これを措信することはできない。
(二)また、鷹野供述では、山崎から電話盗盗を相談した最初(四月初め)の時点で資金を渡された、というが(第一四回期日)、前掲廣野供述の不自然さを併せ考えると、同廣野供述も措信できず、却って、山崎供述のとおり、最初、電話盗聴の技術的な可否が専ら調査され、これが可能と分かったので、拠点として、ニュー外苑ハイツを賃借する等して本格的に共産党本部の電話盗聴の準備に入った(しかし、前認定の次第で、対象を被控訴人宅に変更するに至った。)というのが真相であると解される。
(三)竹岡供述にも、前掲廣野供述と同旨のものがあるが(第一八回期日)、措信することはできず、他に、以上の認定判断を覆すに足りる証拠はない。
三 本件電話盗聴の準備及びその開始(盗聴器の設置)
1 〈証拠〉を総合すれば、次の事実が認められる。
(一)控訴人鷹野及び同竹岡は、杉並に居住する学生部の学会員を使って、被控訴人宅に居住する者の人数、同宅周辺の交通量、近くに居住する学会員及び共産党員の分布等を調べた(なお、右学会員が本件電話盗聴の企てを認識していたかは、前示の松本と同じく、後に検討する。)。
(二)また、控訴人竹岡は、同年五月一四日、「高橋義夫」の偽名を用いて、被控訴人宅近くの青木高井戸マンションの一室を賃借した。
(三)右青木高井戸マンションの賃借に際しては、控訴人竹岡から頼まれた江口が、「佐藤功」の偽名を用いて、同控訴人の連帯保証人となった(なお、江口が本件電話盗聴の企てを認識していたかも、後に検討する。)。
(四)盗聴器を製作中の松本は、青木高井戸マンション賃借前には、未だ盗聴器を完成するには至らなかったが、同マンション賃借後、どうにか盗聴器を完成した。
(五)そこで、控訴人廣野及び同竹岡は、松本が製作した盗聴器(以下「松本製盗聴器」という。)を被控訴人宅の本件電話と電話線を接続する本件電柱の端子函に設置する日を決め、山崎に連絡したうえ、その日の深夜ないし翌未明の間に、竹岡が本件電柱に登り、端子函の蓋を外し、被控訴人宅の本件電話に接続する電話線の端子に盗聴器を設置した。
(六)そして、盗聴器の設置を終えた控訴人廣野は、直ちに、自宅で待機する山崎に対して、その旨を報告し、夜が明けて、控訴人宅の本件電話の傍受(盗聴)に成功したのが分かると、その旨を続報した。
2 右認定に反する鷹野供述及び竹岡供述の信用性
(一)控訴人廣野は、①被控訴人宅近くの本件電柱の端子函に盗聴器を設置したのは、昭和四五年五月八日から翌九日にかけての深夜未明のことであった、②その時期は、同年同月三日の前認定の池田講演を聞いた翌四日、本件電話盗聴は中止になるものと思い、山崎に意向を尋ねたが、却って、山崎から急いで本件電話盗聴を開始するように指示を受けたので、人目につかない金曜日に盗聴器を設置することにしたところ、池田講演後の最初の金曜日は五月八目であるから、記憶に間違いはない、③その時点では、松本が製作中の盗聴器は未だ完成していなかったので、控訴人廣野自身が市販の発信器(キット)を購入し、これを改造して製作した電池で作動する電池式盗聴器を用いたなどと供述する(第一四回、第一五回期日)。控訴人竹岡の供述(第一八回期日)も、鷹野供述と同旨である。しかし、右廣野供述及び竹岡供述には、次の疑問があってこれを措信することはできない。
(1)控訴人鷹野が製作したという電池式盗聴器について
 本件電話盗聴においては、共産党本部を対象にして電話盗聴が企てられた当初の段階から、前認定のとおり無線関係に詳しい松本に盗聴器を製作させていたものである。従って、松本とは別に、控訴人廣野が電池式盗聴器を製作したということ自体、疑わしい。
 しかも、松本製盗聴器は、前認定のとおり電話線に流れる電気をその電源とするので、電池式のように電池の寿命を心配する必要のないものといえるところ、共産党本部の電話盗聴を企ててから本件電話盗聴の開始に至るまで、用意周到に事を運ばなければならないことは十分に認識していたはずの山崎ら三名が、松本製盗聴器の完成を得たないで、電池の寿命が尽きれば、電池交換等が必要となって、その度に本件電柱にも登るはめになる電池式盗聴器を用いて本件電話盗聴を開始するというのは不自然である。
 廉野供述では、控訴人廣野が製作したという電池式盗聴器で使用する電池(一個)の寿命は、二、三日で、電池を二、三個使用しても、一週間位しかもたない、というのであるから、これを設置したという時点で、松本製盗聴器の完成までの期間を見込んで、使用する電池の個数及び必要となる電池交換等の回数を計算するくらいの配慮はなされてごく当然と思われる。従って、松本製盗聴器の完成予定までの期間をどう見込んでいたのか、また、実際に使用した電池の個数及び必要となる電池交換等の回数(また、これは本件電柱に登らなければならない回数にもなる。)をどう計算したのか等、日時と同様、あるいはそれ以上に記憶が定かであって、電池式盗聴器を設置したという日時、状況を語る際、これに言及して然るべきであるのに、それを明らかにする供述がないのは、理解し難いところである。
 控訴人らは、本件電話盗聴の開始に当たって、控訴人廣野が製作した電池式盗聴器でなく、必ずしも性能に万全の信頼を置けない松本製盗聴器を設置することこそ考え難いなどと主張するが、前示の疑問を解消するに足りる根拠は示されておらず、これを首肯することはできない。
(2)盗聴を急がせなければならなかったという状況について廣野供述では、山崎から本件電話盗聴の開始を急ぐように命じられた、というが、山崎及び控訴人鷹野の前認定の経歴等に徴すれば、「大学新報」に連載中の共産党に対する反撃のキャンペーン中止後になされた池田講演は、山崎にとってはもとより、控訴人廣野にとっても、事前に承知し、あるいは予測し得るものであったと窺われるところである。池田講演をきっかけに、控訴人廣野が本件電話盗聴は中止となると思ったという供述自体、納得し得るものでない。
 控訴人らは、控訴人廉野が池田講演の内容を予め知る由もなかったかのように主張するが、廣野供述によれば、控訴人廣野は、学生部長から強い指示を受けて、前認定の大学新報の四月一二日号に「偽瞞渦巻く戦後日共史(下)」の掲載を中止したことが認められ、その時点で、学会の方針変更に気付いていたと窺われるから、右主張は採用しない。
 まして、山崎が、池田講演を契機として、前示のとおり用意周到に事を運ばなければならないことを認識していたはずであるのに、松本製盗聴器も未だ完成していない.段階で、急いで本件電話盗聴を開始するように命じたというのは、いかにも不合理で、首肯し得ないものである。
 控訴人らは、山崎は、そもそも池田講演の前に盗聴できるように事を急いでいた、と主張する。しかし、右主張に副う山崎供述はあるが、その山崎供述は、松本製盗聴器の完成を待たないで、前示のとおりに疑問のある電池式盗聴器を用いてまで、盗聴を急いでいたという趣旨には解されないから、右主張をそのまま採用することはできない。
(3)電池式盗聴器を設置したというその後の状況について
 仮に、廣野供述及び竹岡供述のとおり、松本製盗聴器の完成を待たないで、電池式盗聴器を用いて本件電話盗聴を開始しなければならないほど盗聴を急ぐ必要性があったのであれば、松本製盗聴器が完成するまでの間、前示のとおり電池交換をするなどして、電池式盗聴器を利用しながら、本件電話盗聴を継続するのが自然な成行きというべきである。
 しかし、本件電話盗聴においては、後に認定するとおり、盗聴器は、最初に設置されたもの(以下「一号機」という。)がその後に別のもの(以下「二号機」という。)に取り替えられたことが明らかなところ、廣野供述(第一四回期日)では、一号機を設置してから、二号機に取り替えるまで、約一週間が経過し、その間、一号機の電池交換等をしたことはないというのである。すると、一号機は、これが控訴人廣野の製作した電池式盗聴器であったとして、電池を一個しか使用しなかったとすれば、二、三日で電池の寿命が尽きた後、機能を果たさないまま、本件電柱にいわば放置された状態にあったことになるし、また、一週間程度の期間を見込んで、電池を二、三週間使用したとすれば、盗聴器自体は作動しているのに、青木高井戸マンションを賃借するまで、最初の一度(廣野供述及び竹岡供述では、後記のとおり、車内での傍受が不可能と判断し、拠点の確保を考えた、というのであるから、青木高井戸マンション賃借前に車内で傍受したのは、最初の一回ということになる。)だけしか被控訴人宅の電話を傍受しなかったことになるが、いずれにしても、そのような不用意、不徹底といえる状態で事が運んだとは解されない。
(二)控訴人廣野及び同竹岡は、①控訴人廣野が製作したという電池式盗聴器を設置した時点では、未だ録音機を購入しておらず、拠点となるべき居室も確保していなかった、②そこで、被控訴人宅近くの団地内に車を停め、車内で電話を傍受したが、周囲からジロジロ見られ、車内で盗聴を続けるのは困難と考え、同年五月一〇日、山崎に対して拠点の確保及び録音機の購入等に必要な費用を見積った書面(丙第二号証)を提出した、③次いで、同月二一日、今までの費用の明細書(丙第三号証の一、二)を提出して、賃金の工面を催促したなどと供述するが(いずれも前同各期日)、右廣野供述及び竹岡供述にも、次の疑問があって、これを措信することはできない。
(1)拠点の確保等について
 控訴人竹岡が青木高井戸マンションの一室を賃借したのは、前認定の昭和四五年五月一四日であって、以後、これが本件電話盗聴の拠点となったことは明らかである。しかるところ、本件電話盗聴に先立って企てられた共産党本部に対する電話盗聴でも、前認定のとおり、盗聴が可能かどうか確定しない調査段階で、ニュー外苑ハイツを賃借しているのである。しかも、盗聴器から発信される電波が届く範囲内の物件を物色したうえ、ニュー外苑ハイツを適当として賃借したことは前示のとおりである。そのような準備をした体験を経ながら、かつ、前認定の経歴等からして、本件電話盗聴の何たるかを十分に認識したうえでその実行を担当したはずの控訴人虞野及び同竹岡が、本件電話盗聴では、車内で被控訴人宅の電話を傍受してから急いで拠点を確保する必要を考えたというのは余りにも不自然である。しかも、その段階で、録音機すら用意していなかったというのはおよそ考えられない。
 控訴人らは、本件電話盗聴の開始時には、ニュー外苑ハイツが拠点として確保されていたので、盗聴の成否未定のうちに別の拠点(後に賃借した青木高井戸マンション)を確保する必要はなかったし、録音機も不可欠の機材でない、と主張するが、ニュー外苑ハイツ自体、そこで盗聴器の製作等がなされたにしても、前示のとおり盗聴器からの電波を受信するに適当な拠点として賃借されたものであるから、被控訴人宅からの盗聴の拠点に代用し得るものではない。車内で、かつ、盗聴内容を録音する手段も講じないで、本件電話盗聴が開始されたと解するには無理がある。その段階で、急いで本件電話盗聴を開始しなければならない状況があったといえないことも前示のとおりである。右主張を採用することはできない。
(2)丙第二号証について
 控訴人廣野提出の丙第二号証には、廉野供述及び竹岡供述と符合する記載があるが、同証に記載された「M」の記号が被控訴人(宮本顕治)のイニシャルであると認めるに足りる確たる証拠はない。
 却って、山崎供述によれば、「M」の記号は、昭和四七年以後、学会に対立する妙信講、又は松本勝弥を指すものとして用いられたことがあると認められるのである。
 右事実に、後に本件電話盗聴を中止した契機について説示するとおり、鷹野供述及び竹岡供述には、事実と明らかに異なる供述をする意図的なものが認められること、本件訴訟の対応に関する訴訟代理人との折衝について控訴人鷹野が供述するところは、余りにも不自然で、到底理解し難いこと及び弁論の全趣旨を勘案すれば、丙第二号証は、昭和四七年以後に作成された書面であるのに(なお、山崎第一回供述によれば、控訴人廣野らが山崎の指示を受け、妙信講、又は松本勝弥からの情報を収集した際、アジトを設けたことがある、と認められるから、丙第二号証がその際の書面であっても、矛盾するものではない。)、それが昭和四五年五月一〇日に作成された書面であるかのように供述している疑いが払拭することができない。そして、右判断を覆し、同証が右供述のとおりの時期に作成されたと認めるに足りる証拠はない。
 控訴人らは、昭和四五年当時、学会が「M」の記号を用いたことはなく、丙第二号証の「M」は、山崎と控訴人廣野らとの間で、被控訴人を指す記号として用いられたものである、と主張するが、同主張は、丙第二号証が昭和四五年に作成されたものであることを前提にした立論であるところ、右主張に副う廣野供述(第一七回期日)は、前示のとおり措信できないものであって、他に、丙第二号証が昭和四五年に作成されたと認めるに足りる証拠はなく、右主張を採用することはできない。
(3)丙第三号証の一、二について
 控訴人廣野及び同竹岡は、前示のとおり、本件電話盗聴を開始後、急いで拠点を確保する必要があると考えたというのであるから、盗聴器を設置したという時期から右拠点として青木高井戸マンションを賃借するまでの間(右供述及び前掲甲第一一六号証によって計算すれば、約四日間、控訴人竹岡がニュー外苑ハイツを解約したという日の後では、三日間となる。)、拠点とするのに適した物件を比較検討するような余裕はなかったのではないかと窺われるところである。
 しかし、控訴人廣野提出の丙第三号証の一、二には、「5・21」、「高井戸拠点」、「木造アパートは機密保持不可能と判断、鉄筋アパートにした」等の記載がある。右「鉄筋アパート」が青木高井戸マンションを指すのであれば、同マンションは、事前に他の物件(木造アパート)を物色した後に賃借されたものともみることができ、廣野供述及び竹岡供述のように盗聴器を設置した後、急いで青木高井戸マンションが賃借されたのか疑問である。また、実際に他物件を探すことはなく、右三、四日間で青木高井戸マンンションを賃借したのであれば、費用の明細書に、敢えて木造アパートのことに触れることはないと思われる。しかも、以上は、ニュー外苑ハイツの解約が五月一一日になされ、かつ、その日のうちに同ハイツ賃借のために差し入れた保証金等の返還を受けたという竹岡供述を前提としたものであって、同供述のとおりにニュー外苑ハイツの解約及び保証金の返還がなされたことを認めるに足りる証拠はない。
 更に、右廣野供述及び竹岡供述は、前示したとおりに問題のある丙第二号証の作成と丙第三号証の一、二の作成とを関連づけるものであるほか、本件電話盗聴の拠点として、木造アパートを賃借した場合には、「アンテナを使わないで、室内に線でも張ってうまくやれるのではないかと考えておりました。」(廣野供述・第一七回期日)というように、無線関係に詳しい松本に盗聴器を製作させたにしては、これに対応する受信態勢を軽んずるような供述がみられ、丙第三号証の成立に関する廣野供述及び竹岡供述を措信することはできない(なお、丙第三号証を作成するきっかけとなったという被控訴人の週刊朝日での対談予定を傍受したという竹岡供述も不自然で、措信し得ないものであるが、この点は、後に説示する。)
 丙第三号証の一、二は、その作成前に、廣野供述及び竹岡供述のとおり既に盗聴器が設置されていたことを少しも裏付けるものでないというべきである。
 なお、控訴人らは、前掲丙第二号証、丙第三号証の一、二は、山崎がかつて弁護士として運営していた法律事務所の保存記録等の中から発見されたことを云々するが、その事実から、丙第二号証、丙第三号証の一、二に関する廣野供述及び竹岡供述を措信し得ないとの判断が妨げられるものではない。
(三)控訴人らは、山崎手帳の記載(乙第八号証の九の五月八日欄の「広ノ」の記載)は、控訴人廣野らが盗聴器を設置した時期を表したもので、廣野供述及び竹岡供述には信用性があるかのように主張するが、右記載が控訴人らの主張の趣旨でなされたものと認めるに足りる証拠はない。
 却って、前掲唐野供述及び竹岡供述自体、丙第二号証と同様に、山崎手帳の記載に意図的につじつまを合せようとした供述であるため、前示のとおりの疑問が内在するのに両者の供述が一致するものとも解されなくはない。右主張を採用することはできないし、他に、以上の認定判断を覆すに足りる証拠はない。
四 本件電話盗聴の経過(盗聴状況及び盗聴器の取替)
1 〈証拠〉を総合すれば、次の事実が認められる。
(一)控訴人鷹野らは、本件電話盗聴によって、被控訴人の肉声を傍受したことがあった。同控訴人は、少なくともその際のテープは、録音機と一緒に山崎のもとに持参して、山崎に再現して聞かせた。しかし、本件電話盗聴によって、共産党の学会及び公明党に対する出方を予測し得るほど、これといって重要な通話を傍受することはできなかった。
(二)他方、被控訴人(又はその家族もしくは同居人・以下「被控訴人側」という。)は、昭和四五年六月一〇日ないし一一日頃、本件電話に異常音が生ずるので、熊谷秘書が、共産党本部の管理部に勤務し電気通信関係に詳しい金子囲太郎を呼び出して、調査を始めた。
(三)金子らは、本件電話のダイヤル音、通話時の状況等を調べた結果、本件電話の異常音は何者かが盗聴器を仕掛けているからに違いないと考えた。
(四)そして、金子らは、同月一九日頃、本件電柱に盗聴器らしきものを発見して、その状況を写真に撮った。しかし、その犯人を自ら探索しようと考え、警察、電々公社(当時)に対して、その旨を通報するようなことはなかった。
(五)金子らが発見した盗聴器らしきものは、電話盗聴のために山崎ら三名によって設置された盗聴器であるが、最初に設置した一号機ではなく、その後に取り替えた二号機であった。
(六)なお、本件電話に異常音が発生したのは、二号機に取り替えたことに起因していると認められ、他に原因らしきものはない。
2 右認定に反する廣野供述及び竹岡供述の信用性
(一)控訴人竹岡は、①同年五月二〇日、被控訴人の週刊朝日での対談予定の通話を傍受した、②同年六月一八日、被控訴人宅の本件電話の通話を傍受した際、その内容が異常であると気付いた、③同年七月一日、被控訴人の子供が「悪いおじちゃんが盗聴している。」と誰かに通話するのを傍受したなどと供述するが(第一八回期日)、以下のとおり、右竹岡供述を直ちに措信し得るものではない。これと同旨の廣野供述(第一四回、第一五回期日)についても、同様であって、他に、前認定を覆すに足りる証拠はない。
(1)五月二〇日の通話について
 竹岡供述では、被控訴人の秘書の当日の通話から同月二二日の被控訴人の週刊朝日での臼井吉見との対談が分かったというのであるが、五月二二日に右の対談が予定され、かつ、行われたことを認めるに足りる確たる証拠はない。控訴人らは、被控訴人の週刊朝日での対談が竹岡の供述する五月二二日に行われたことは、被控訴人が昭和六一年一一月六日付準備書面で認めるところである、と主張するが、右準備書面の記載が控訴人ら主張の趣旨とは解されない。
 しかも、右の対談が同月二〇日にはじめて取り決められたものであったのか、そうでないとすれば、被控訴人の秘書が被控訴人の日程を通話した際、翌々日の日程がどうして話題になったのかなど、通話の経緯が、日時の記憶に反して、明らかでないうえ、前示したとおり廣野供述及び竹岡供述に意図的なものが認められること及び弁論の全趣旨を勘案すれば、右供述も、不自然で、これを措信することはできない。
(2)六月一八日の通話について
 竹岡供述では、六月一八日の通話内容の異常というのは、被控訴人宅で本件電話を使って「赤旗」の記事を読み上げていたことをいうのであるが、その日が六月一八日であることは、「一面にちようど6.23という数字が飛び出してくるような一コマ漫画が出ている赤旗でした。その漫画のことを覚えておりました。」(第一八回期日)というのである。
 しかし、当時、被控訴人宅で本件電話異常を調査するため、電話で「赤旗」が読み上げるようなことがあったにしても、紙面の漫画の内容が控訴人竹岡の記憶に残るというのは、いかにも不自然で、措信し得るものではない。
(3)七月一日の通話について
 竹岡供述では、被控訴人の子供の通話を傍受し、本件電話盗聴の発覚を懸念して、直ちに山崎に連絡し、羽田空港に向かう山崎運転の車に同乗して同空港まで行き、同空港の駐車場で山崎にその旨を説明したというのである。右供述からは、かなり深刻な事態であったかのように窺われるが(羽田空港に向かう車中で説明しなかった事情は明らかでない。)、そうであれば、山崎において、先ずもって、控訴人竹岡が録音したであろうはずのテープ(その時点で録音機が用意されていたことは、廣野供述及び竹岡供述によって明らかである。)を聞きたいと言うなり、山崎がこれを申し出なくとも、竹岡において、山崎にテープを聞くように促して当然といえる。しかし、当時、控訴人の子供の通話を録取したか否か定かでなく、右の問答がなされた形跡も窺われない。
 被控訴人の子供の通話自体は、控訴人ら主張のとおり、山崎も記憶しているようであるが(山崎第二回供述)、その通話があった時期、山崎が報告を受けた時期等は明らかでない。控訴人らは、山崎手帳の記載(乙第八号証の一〇の七月一日欄の「⑳」の記載)が右報告の時期を証明する、と主張するが、これを採用し得ないことは、同手帳の五月八日の記載について前示したところと同様である。山崎供述によって、右のとおりに疑問のある竹岡供述に信用性が認められるものではなく、当時、被控訴人の子供の通話を傍受したとしても、それが竹岡供述のように深刻に受け止める内容のものであったとは解されない。
(二)控訴人らは、本件電話盗聴に際し、オープンリール式録音機で録取した通話をカセットテープにダビングしたことはない、と主張するが、控訴人鷹野らが録音機を二台(又はそれ以上)購入したことは、廣野供述によって明らかなところ、同供述に照らせば、録音機を少なくとも二台購入したのは、青木高井戸マンションで通話の録取用に長時間録音の可能な機種と、持運びに便利な機種とをそれぞれ購入したものと認められ、被控訴人宅の通話全部を録取したうえ、被控訴人宅の家族の通話など、不要な部分を編集し直して、山崎に聞かせたのではないかと推認されるところである。
山崎が供述するとおり、用意した録音機のうち一台は、カセット式であった可能性が高く、控訴人鷹野が自認する山崎のもとにテープと一緒に持参した際の録音機も、カセット式ではなかったかと窺われる。前掲廣野供述は、当時のカセット式録音機、カセットテープの性能を云々するが、措信することはできない。
3 因みに、二号機への取替が被控訴人側で本件電話盗聴を疑う契機となったこと、その疑いが生じた時期が昭和四五年六月一〇日ないし一一日であったことからして、二号機の取替は、その頃であったと推認し得るが、この二号機の取替時期から一号機の設置時期を推定してみても、それが廣野供述及び竹岡供述のように同年五月八日から翌九日にかけての深夜未明であったとは解されない。
 却って、右事実は、盗聴器(一号機)の設置が青木高井戸マンション賃借後であったとの前認定を補強するものというべきである。
五 本件電話盗聴の中止(その契機及び盗聴器の撤去)
1 〈証拠〉を総合すれば、次の事実が認められる。
(一) 山崎は、被控訴人側で前認定のとおり本件電柱に盗聴器らしきものを発見したとは気付かないで、その後も本件電話盗聴を続けさせた。しかし、昭和四五年七月六日付夕刊に、当時開催中の共産党第一一回大会に出席の代議員宿舎に盗聴器が仕掛けられた旨の報道がなされ、これを知って、本件電話盗聴の発覚を懸念し、控訴人鷹野と連絡をとり、控訴人廣野から被控訴人宅の通話内容が盗聴器を取り替えた頃からおかしいとの報告を聞き、被控訴人側に本件電話盗聴が発覚したのではないかと考え、控訴人廣野に対して、盗聴器はそのままにして、とにかく本件電話盗聴を中止し、撤退行動をとるように指示した。
(二) しかし、控訴入唐野は、盗聴器を放置し、これが手掛りとなって、本件電話盗聴の犯人が露見することを危倶する余り、山崎の心配をよそに、盗聴器を撤去しなければならないと考え、控訴人竹岡と相談して、同月九日から翌一〇日にかけての深夜未明、本件電柱に設置した盗聴器を撤去した。被控訴人側に見つからずに盗聴器の撤去に成功した控訴人鷹野は、その旨を山崎に報告した。
(三)被控訴人側は、同月一〇日頃、本件電柱から盗聴器らしきものが撤去されているのを認め、直ちに電々公社に今までの事情を通報した。
(四)本件電話盗聴の発覚は、同月一一日夕刊に報道された。
(五)山崎は、右同日夜半、控訴人廣野と共に青木高井戸マンションに臨んで、配慮をめぐらしての撤退行動を指示した。
(六)特に青木高井戸マンションの屋上に受信用のアンテナを取り付けたままであると知った山崎は、これを怒って、直ちにアンテナを取り外させた。
2 右認定に反する鷹野供述及び竹岡供述の信用性
(一)控訴人廣野は、被控訴人側に本件電話盗聴が発覚したのではないかと懸念したのは、前認定の共産党大会の終了した翌日か翌々日頃、「電柱が見えないはずの植木がばっさり刈り込まれていまして、電柱が丸見えになっていたわけですね。それで、これはえらいことになったと、どうするかと、竹岡と相談しました。」(第一四回期日)、「極端な言い方をすると、はつばが全然なくなって、丸坊主でした。」(第一六回期日)などと供述する。控訴人竹岡も、控訴人廣野から被控訴人宅の植木の刈込みを聞いた旨を供述(第一八回期日)する。しかし、以下のとおり、右廣野供述及び竹岡供述を措信する余地はない。
(1) 〈証拠〉によれば、当時の被控訴人宅の植木が右供述のとおりの状態でなかったことは明らかである。
(2)控訴人らは、右廣野供述は、時の経過と共に記憶が増幅されたための表現である、と主張するが、控訴入唐野自身、被控訴人訴訟代理人の反対尋問を受けた際、右甲第一一三号証、第一一四号証、第一一五号証の一ないし四を示され、「これは参ったです。」、「こんなじゃないと思ったです。」、「済みません。」と供述していることからして(第一六回期日)、控訴人らの主張は、採用の限りでない。
(3)そして、控訴人廣野が右のとおり過去の事実と明らかに異なる供述をし、控訴人竹岡まで同旨の供述をするということは、控訴人廣野及び同竹岡が示し合せて意図的な供述をしているものとしか認められないというべきである。
(二)控訴人廣野及び同竹岡は、(①前認定の代議員宿舎の盗聴報道を知って、山崎に本件電話盗聴の中止を進言したが、聞き入れられなかった、②それで、被控訴人宅の植木の刈込みを見た目の夜半、竹岡と二人で相談して、盗聴器を撤去することとし、竹岡が一人で(廣野は青木高井戸マンションに待機して)これを決行した、③山崎の指示に反して、盗聴器を撤去したが、いずれ話せば良いと考え、直ちに報告しなかったなどと供述するが(いずれも前同各期日)、右廣野供述及び竹岡供述にも、次の疑問があって、これを措信することはできない。
(1)先ず、盗聴器の撤去を考えるに至った契機(被控訴人宅の植木の刈込み)についての供述が意図的なものであって、措信する余地がないことは前示のとおりであるから、これを前提とする右廣野供述及び竹岡供述は、前同様、措信することができないといわざるを得ない。
(2)山崎に中止を進言したが、山崎がこれを聞き入れなかったというのも、納得がいくものでなく、山崎が本件電話盗聴の継続を指示したというのであれば、かつ、廣野供述及び竹岡供述では、本件電話盗聴は山崎が独断で指示し、控訴人廣野及び同竹岡だけが担当したというのであるから、そのときに限って、山崎の指示に全面的に従わなかったというのは不可解であるし、盗聴器の撤去を山崎にいずれ話せばよいと考えたというのも不合理である。
(3)更に、本件電話盗聴の発覚を危倶して盗聴器を撤去するに当たって、控訴人竹岡が一人で決行したというが、その当時の状況からして、誰も現場で見張らないで、控訴人竹岡が本件電柱に登って盗聴器を撤去したというのは合点がいかないところである。
(三)控訴人鷹野及び同竹岡は、前掲各供述によって、本件電話盗聴の中止についての山崎の指示を否定するが、前示したところに山崎第一回供述を加えれば、前認定の代議員宿舎の盗聴報道を知って、山崎が「盗聴器はそのままにして、撤退作戦に入れ、と指示した。」(第八回期日)というのは、本件電話盗聴を指示した立場の者のごく自然な判断というべきである。また、そうであればこそ、控訴人鷹野及び同竹岡が本件電話盗聴を担当した現場をより良く知る者の判断として、山崎の心配をよそに、強いて盗聴器の撤去にまで踏み切った経緯に納得がいくものである。
 控訴人廣野及び同竹岡は、山崎が青木高井戸マンションに来たのは、同月一三日である、と供述するが(いずれも前同各期日)、本件電話盗聴の発覚が新聞報道される事態に至って、山崎が直ちに(同夜半)現場に駆け付けた(山崎供述)というのは、至極当然な対応で、右鷹野供述及び竹岡供述を措信し得るものではない。鷹野供述では、乙第一三号証の二がその際に山崎が用いたレンタカーの書類である、というのであるが、同証に記載されたレンタカーの利用期間、走行距離は、必ずしも右廣野供述及び竹岡供述を裏付けるものとは解されず、前示のとおりの意図的な供述も認められることに鑑みれば、廣野供述及び竹岡供述は、右乙第一三号証の二につじつまを合せての供述と疑う余地があって、措信することはできない。
 却って、山崎が青木高井戸マンションを訪れた際には、屋上に未だ受信用のアンテナが取り付けてあった事実(この点は、山崎供述と鷹野供述とは一致する。)に徴しても、山崎が本件電話盗聴の続行を指示したのに、控訴人廣野及び同竹岡が自らの判断で中止したのであれば、盗聴器の撤去だけでなく、アンテナにまで気をめぐらして、これを取り外し、廣野供述及び竹岡供述の山崎が青木高井戸マンションに来たという七月一三日まで取り付けたままでいるようなことはなかったとされるのに、アンテナが放置されていたのは、山崎から中止の指示を受けたものの、盗聴器はそのままにしておけという指示であったが、心配の余り、どうしても盗聴器を撤去しようと考えたため、アンテナの取外しまで気が回らなかったのではないかと窺われるのである。虞野供述及び竹岡供述を措信することはできず、他に、前示の認定判断を覆すに足りる証拠はない。
六 山崎ら三名が本件電話盗聴を実行した顛末は、以上のとおりである。山崎供述に対する廣野供述及び竹岡供述には、再三にわたって説示したとおり、疑問が多々あるほか、意図的なものさえ認められるのに対し、前認定に関する山崎の供述は、同人が本件電話盗聴を指示する立場にあって、現場で本件電話盗聴を担当した者でないこと等を十分に考慮しても、これを信用することができ、以上の認定判断を妨げるものはない。
第四 山崎ら三名以外の者の本件電話盗聴への関与について
一 本件電話盗聴への配下の関与
1 本件電話盗聴に際しては、前認定のとおり、松本が盗聴器を製作し、江口が青木高井戸マンション賃借時の連帯保証人となったが、〈証拠〉によれば、松本及び江口は、いずれも本件電話盗聴の企てを認識しながら、盗聴器を製作し、また、連帯保証人となって、これに関与したもの、と認めることができる。
2 また、本件電話盗聴に際しては、被控訴人宅の調査などのため、杉並の学生部の学会員が利用されたことは、前認定のとおりであるところ、前示したところに、〈証拠〉を加えれば、右学会員も、松本及び江口と同様に、本件電話盗聴の企てを認識して、右調査等に関与したもの、と認めることができる。
3 右認定に反する廣野供述及び竹岡供述は、前掲甲第一二一号証及び山崎供述に照らして、これを措信することはできない。
 特に、贋野供述(第一六回期日)では、「奈良には、近くの牛乳屋とか、新聞屋に学生として住み込ませろという指示が山崎からありました。」というのであるが、廣野供述及び竹岡供述を前提にすれば、山崎ら三名で実行したはずの本件電話盗聴に関して、奈良を利用するような指示自体なされるはずがないものであって、その指示があったということは、虞野供述がその趣旨をどう説明しようとも、奈良も、また、本件電話盗聴に関与した者であるとの山崎供述の信用性を裏付けるものといわなければならない。
二 山崎がその独断で指示をした可能性
1 本件電話盗聴に関与した配下の人選について
 本件電話盗聴が、山崎ら三名のほか、松本、江口、奈良ら杉並の学生部の学会員の関与によってなされたことは、前示したところから明らかであるが、山崎供述によれば、山崎は、本件電話盗聴に先立っ共産党本部に対する電話盗聴を計画した段階で、控訴入庫野と共同して、学生部の幹部カードを用いて、これに関与させる者を人選した、と認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。
2 本件電話盗聴に投入された資金について
(一) 〈証拠〉を総合すれば、本件電話盗聴においては、松本に盗聴器を製作させ、
ニュー外苑ハイツ及び青木高井戸マンションを賃借し、受信器を合計六台、録音機を少なくとも二台購入し、中古車を譲り受け、レンタカーを借りるなどして、その準備、実行に当たったことが認められる。しかも、〈証拠〉によると、右受信器は、当初購入したものと同じ機種五台が新宿のソニーショップに並んでいたので、これを誰かが購入すれば、本件電話盗聴が発覚する虞れもあり、また、当初購入したものが故障した場合の備えとして、五台全部購入した、というように、直ちに必要でないと思われる機材も購入したほか、盗聴内容を録音するため、本件電話の使用に応じて自動的に作動する録音装置の製作をする(その装置は、実際には、うまく作動しなかったようである。)など、相当多額の資金が用意されていたとしか考えられない資金の使い方が認められる。本件電話盗聴の中止後、怪しまれるのを防ぐため、昭和四五年九月末頃まで青木高井戸マンションの賃借を続けたことも、資金的にかなりの余裕があったことを推認させるものである。
(二)右廣野供述及び竹岡供述中では、本件電話盗聴で費消された金員は、総額一二〇万円前後で、うち控訴人廣野が山崎から交付された金員は、五〇万円余にすぎず、残りは、控訴人竹岡が新学同の保管金を流用して捻出し、右受信器五台も、山崎から資金が出ないので、その流用金で購入したと述べ、また、青木高井戸マンションを賃借した際は、ニュー外苑ハイツを解約し、保証金の返還を受けて、その費用に充てたとも述べるが、前認定のような資金の使い方や、本件電話盗聴という事の重大性から考えても、右供述にあるような不確実で遣り繰り的な資金手当ての下で事が運ばれたとは解し難いのであって、右康野供述及び竹岡供述を措信することはできず、他に、前示の推認を妨げる証拠はない。
(三)控訴人らは、本件電話盗聴に投入された資金につき、緯々主張するが、いずれも廣野供述及び竹岡供述を前提としたものであるところ、前示のとおり、本件電話盗聴の顛末に関する供述、本件電話盗聴に山崎ら三名以外の者(配下)の関与に関する供述と同様に、本件電話盗聴の資金に関する虞野供述及び竹岡供述は、措信し得ないものであるから、右主張を採用する余地はない。
3 山崎がその独断で指示をする必要性について
 山崎の地位、経歴は、前示のとおりであって、これに 〈証拠〉を加えれば、山崎は、学会生え抜きの最初の弁護士として、池田会長から厚遇を受け、学会内で着実に昇進を続け、本件電話盗聴の当時において、既に将来を嘱望されるに地位にあった、と認めることができ、そのような立場にある山崎が、敢えて北條その他の学会首脳の了解を得ずに独断で本件電話盗聴を指示し、実行させる必要性があったとは解し難い。
4 右認定の山崎がその独断で本件電話盗聴を指示する必要性がないことに加え、前認定の本件電話盗聴への配下の関与、これを関与させるに際しての人選の方法、また、かなりの余裕があったと推認される資金の利用状況に鑑みれば、本件電話盗聴を山崎がその独断で指示し、実行させ得るものであったとは解されない。
 この点について、控訴入庫野は、山崎に「(本部から)指示されたことだけやっていて、(共)〔引用者注…原文では○の中に共〕との戦争に勝てると思っているのか。」「本部の首脳は考えが甘いんだ。俺の判断が正しい。」、「(上の判断は)甘いんだ。急いでやれ。」などと言われた旨供述し(第一四回、第一五回期日)、また、控訴人竹岡も、控訴人鷹野に「機関紙局としてやるんですか。」と聞いたら、控訴人廣野は、「山崎に頼まれてきた仕事だ。君と二人でやるんだ。機関紙局のメンバーには一切言っていかんときつく言われてきた。はっきりそう言っていた。」などと答えた旨供述する(第一八回期日)。
 しかし、廣野供述及び竹岡供述は、既に再三に亘って説示したとおり、措信し得ないところが多々あるうえ、意図的なものさえ認められるものであって、かつ、弁論の全趣旨に徴すれば、それも、結局のところ、本件電話盗聴が決して山崎の独断的な指示によって山崎ら三名だけで実行されたものでないのに、そうであるかのように供述するために生じた破綻、矛盾としかみられず、右に挙示した供述は、一見もっともらしくはあるが、これを措信することはできない。
5 控訴人らは、山崎の特異性格、出世欲等を云々するが、山崎供述の信用性については後に説示するとおりであって、それとは別に、本件電話盗聴が山崎の特異性格、出世欲等によって指示され、実行されたものであると窺わせる証拠はないから、右主張は採用し得ない。
6 以上、山崎がその独断で本件電話盗聴を指示した可能性は認められないのであって、山崎が、学会首脳のいずれかに諮ったうえで、本件電話盗聴を控訴人廣野、同竹岡らに実行させたことは明らかというべきである。
三 本件電話盗聴への北條の関与
1 北條の地位、経歴及び山崎との関係について
 北條の地位、経歴が原判決添付の「北條浩経歴」に記載のとおりであることは、被控訴人と控訴人北條らとの間では、争いがなく、被控訴人と控訴人廣野及び同竹岡との間では、弁論の全趣旨によって認めることができる。
 そして、〈証拠〉によれば、本件電話盗聴が実行された当時、北條は、山崎の直接の上司として、山崎を指導する立場にあったことが認められ、この認定に反する証拠はない。
2 山崎から北條への本件電話盗聴の説明について
 山崎が、昭和四五年七月一一日、北條に会って、本件電話盗聴について説明したことは、これを事後報告とみるべきものか、告白とみるべきものかはさておき、〈証拠〉に徴して明らかである。
3 北條供述の信用性について
(一)北條供述では、北條は、前認定の日に、山崎から「とんだことをしちやいました。実は、今夕新聞に出ていた日共宮本書記長宅の電話盗聴事件は、僕が盗聴器を仕掛けてやったのです。」と告白され、寝耳に水のことで、学会がやったとは夢想だにしていなかったので、本当にびっくりした、というのであるが、右北條供述は、以下のとおりの疑問があって、これを措信することができない。
(1)北條供述では、山崎から本件電話盗聴の説明を受けたのは、「寝耳に水」とのことであるが、そうであるとすれば、前認定の当時の学会を取り巻く状況からして、「共産党とは話し合い路線で進もうとしていた時でしたから、軽率なことをした山崎には正直なところ腹が立った、「山崎ら学会員がやったことがバレないで済めばいいがなあと思いました。」と供述する北條は、その立場上でも、また、本件電話盗聴が山崎の独断でなされさら、学会へ問顔が波及するのを防止するため、山崎はもとより、関与した学会員を追及するなどして、事情を正確に把握しようとするのがごく自然な対応であると思われる。
 しかし、北條供述には、「えらいことをしてくれたな」と文句を言ったというだけで、右のような対応を窺わせるものがない。廣野供述及び竹岡供述に徴しても、当時、控訴人廣野及び同竹岡が北條から事情聴取された形跡は認められず、北條の対応に理解できるものがない。
(2)本件電話盗聴が山崎らによってなされたことが発覚した場合には、言論出版妨害問題と同様に、あるいはそれ以上に、共産党ばかりか、世論で厳しく糾弾されるであろうことは、火を見るより明らかというべきであるから、山崎らの独断でなされたものであっても、その善後策を学会の問題として検討しようとするのが合理的であるし、山崎らを排除して事後処理に当たるのが普通である(しかし、北條は、前示のとおり関与者から事情を調査しようともせず、かつ、山崎第一回供述及び弁論の全趣旨によると、事後処理を山崎に一任したことが認められ、学会の首脳たる立場にある北條の判断として、合点がいかないところである。
 控訴人らは、北條が事後処理に乗り出せば、却って、学会ぐるみで本件電話盗聴がなされたとの疑惑を招くから、自ら乗り出さない方が妥当であったかのように主張するが、山崎らによって本件電話盗聴がなされたことが発覚した場合に、事後処理を誰に当たらせようとも、学会が疑惑を指摘されることは免れないところであって、また、そうであればこそ、発覚を防ぐためだけでなく、万一発覚した≠象合に備えるためにも、事情を明らかにしておくなど、事後処理に配慮をめぐらせるはずで、北條がこれを山崎ら三名の失態と受け止めたならば、事後処理を山崎に一任するとは考えられない。
(3)更に、北條の意思に反するところで、本件電話盗聴がなされたのであれば、学会に重大な損失を与えかねない行動に走った山崎に対し、その責任を追及するとともに、以後同じような行動を繰り返さないよう直接、間接に指揮監督を強化するのが、北條と山崎の前認定の関係からして、北條の山崎に対するごく自然な処遇というべきである。しかし、山崎に対する事後の処遇を見ると、北條に右のような配慮があったとは窺われない。
 却って、山崎供述、竹岡供述及び弁論の全趣旨によれば、昭和四七年以降、妙信講対策、松本勝弥対策のための情報収集活動に際して、北條の関与によって山崎ら三名が会談の内容を盗み録るなどの牒報まがいの行動をしていることが認められるのである。
 控訴人らは、右の本件電話盗聴後の情報収集活動は、電話盗聴という手段によるものではなく、性質が異なるように主張するが、秘密裡に、不正、不当な手段を講じて相手方の情報を収集しようとしたものであって、殊更に異質なものでなく、右主張は採用し得ない。
 しかも、前認定の山崎の経歴、山崎第一回供述及び弁論の全趣旨によれば、山崎は、本件電話盗聴以後、学会顧問弁護団の中枢としての立場を与えられ、学会総務、参事、本部参与という学会の枢要なポストを歴任していったことが認められる。
 控訴人らは、山崎を冷遇するわけにいかなかったなどと主張するが、右の処遇を冷遇し得なかった結果と見る余地はない((二)本件電話盗聴が「寝耳に水」であったとの北條供述は、その際の北條の反応、事後処理の方法からしても、その後の山崎に対する扱い、処遇からしても、措信することができず、劫って、北條の態度は、山崎から本件電話盗聴を事前に知らされ、これを了解していた者のそれとしてしか理解することができないものである。
(三)控訴人らは、前認定の山崎から北條への説明が北條供述にあるとおり告白というべきものであることを前提に、それが山崎の保身のためであったなどと主張するが、前示したところからして、採用する余地はない。
4 北條の関与に関する山崎供述の信用性について
(一)前認定の北條と山崎との関係及び北條供述の信用性について説示したところに、共産党の中枢である被控訴人宅に対する電話盗聴を行うという事の重大性、本件電話盗聴に利用され、投入された前示のとおりの人員及び資金等に鑑みれば、山崎が本件電話盗聴(これに先立つ共産党本部の電話盗聴を含む・以下同じ。)を企てるに際して、北條に諮ったであろうと考えるのは、ごく自然な推論というべきである。
(二) 山崎供述には、その細部において、必ずしも首尾一貫しないところがあることは否めないが、既に一〇年余を経過した過去の体験を供述するものとして、特に不自然なものではなく、廣野供述及び竹岡供述のような意図的なものは認められず、山崎と学会とのその後の刑事事件に至った対立関係、被控訴人の本訴提起に至った経緯を十分考慮に入れても、山崎が本件電話盗聴を北條に諮ったうえ、北條の了解を得、資金提供を受けたとの山崎供述は、これを信用することができるものである。
(三)控訴人らは、山崎供述が事実を捏造したものである、と主張するが、同主張は、専ら廣野供述及び竹岡供述に依拠したものであるところ、前示のとおり、廣野供述及び竹岡供述にそれ自体に意図的なものが認められ、これを措信し得ない本件において、右主張に対する判断は既に尽きているが、控訴人らが指摘する廣野レポートに関しては、次のとおり付言することができ、他に、山崎供述の信用性についての判断を覆すに足りる証拠はない。
 共産党本部の電話盗聴を企てるに際して、山崎が電話盗聴の技術的な可否を控訴人廣野に調査させたうえ、これが可能と分かって、更に本格的な調査、準備を指示したことは、前認定のとおりであるが、最初の調査結果の報告について、山崎第一回供述では、箇条書きをした書面でその報告がなされたというのである(第七回期日)。廣野供述(第一四回期日)は、その書面の存在を否定するが、その理由として、共産党本部の電話盗聴が不可能ということは調査すればすぐ分かることである、と供述するところを措信し得ないことは前示のとおりである。右書面の枚数が山崎第一回供述(第一〇回期日)のとおり一四、五枚であったか否かは判然としないが、右廣野供述の不自然さと山崎第一回供述とを総合すれば、控訴人廣野が書面で調査結果を報告したことは明らかで、これに基づき、山崎が北條に共産党本部の電話盗聴を諮ったという山崎第一回供述の信用性が否定されるものではない。
 控訴人らは、山崎が、廣野レポートに経費として五〇〇万円が計上されていたというのに、北條に一〇〇〇万円の費用が必要と説明したのは不合理である、と主張するが、本件電話盗聴に相当多額の資金が投入されたと推認し得ることは前示したとおりであるから、その資金が右山崎供述のとおり一〇〇〇万円であったのか、同山崎供述が資金の豊富さを誇張した表現であるのかはともあれ、山崎供述の信用性を否定しなければならないほど不合理なものとは解されない。
5 北條が本件電話盗聴に関与した態様について
(一) 山崎供述によれば、山崎は、昭和四五年四月初め頃、控訴人廣野に電話盗聴の可否を調査させた結果、これが可能であるとの報告を受けたので、その頃、北條に諮ったうえ、数日後、北條から了解を得、資金の提供を受けたので、実行に移すこととし、控訴入廣野に資金を渡し、本格的に準備させ、その後の前認定の顛末のとおり、本件電話盗聴を実行したものと認めることができる。
(二)控訴人らは、北條の当時の情勢判断は、山崎ら三名の前認定の動機ないし目的とは相容れないものであったから、北條には、山崎ら三名の本件電話盗聴を了解する動機がないなどと主張するが、政党間の攻防が同主張のとおりに解決されるというのは、余りにも皮相的な理解であるほか、本件電話盗聴のようないわば悪事は、もともと露見しないことを前提とし、そのように画策してなされるものであること、山崎に対する前認定の事後の扱い、処遇からして、山崎の力量を北條も高く評価していたと推認されることなどを併せ考えると、北條には山崎の企てを了解する程度の動機はあったと認められ、右主張を首肯することはできない。
(三)控訴人らは、北條が本件電話盗聴に関与していたのであれば、その中止についても、山崎が北條から了解を得るはずである、と主張するが、山崎第一回供述によれば、前認定の共産党大会の代議員宿舎の盗聴報道がなされた後、北條から「大丈夫か。」と念を押されたことが認められ、その結果として、前認定の控訴人廣野らへの中止指示、北條への事後報告がなされたといえるのであって、右主張も採用し得ない。
6 北條以外の首脳の関与に関する山崎供述の信用性についてなお、控訴人らは、北條が関与していない理由として、本件電話盗聴に北條以外の学会首脳が関与したかの山崎供述が捏造である、と主張する。確かに、山崎供述には、昭和四五年の学会学生部の夏季講習会の折、池田会長から本件電話盗聴を叱責されたというように、少なくともその時期が不自然なものがある。しかし、それとても、池田会長からの叱責の事実自体が捏造されたものと即断し得るものではないし、池田会長、秋谷栄之助、原島嵩、中西治雄等の証人尋問がなされない(控訴人らからその申請はない。)本件において、前掲廣野供述及び竹岡供述のように、供述内容自体で信用性がないと認めさせるほど、意図的なものを看取することはできない。
 北條以外の首脳が本件電話盗聴に関与したか否かはともあれ、北條が本件電話盗聴に関与したとの山崎供述の信用性は妨げられず、他に、以上の認定判断を覆すに足りる証拠はない。
第五 被控訴人の控訴人らに対する損害賠償請求について
一 控訴人らの損害賠償責任及びその態様
1 本件電話盗聴が不法行為を構成するものであることは自ずと明らかであるから、北條、控訴人鷹野及び同竹岡は、共同不法行為者として、山崎らと連帯して、被控訴人に対して、被控訴人が本件電話盗聴によって被った損害を賠償する義務がある。
2 しかるところ、北條が昭和五六年七月一八日に死亡し、相続によって、控訴人北條弘子がその妻として、同山崎雅子、同萩本恭子及び同北條隆久がその子として、北條の地位を承継したことは、控訴人北條らと被控訴人との間に争いがない。
3 従って、控訴人北條弘子は、被控訴人に生じた損害額の二分の一に相当する範囲で、同山崎雅子、同萩本恭子及び同北條隆久は、その各六分の一に相当する範囲で、これを控訴人廣野及び同竹岡と連帯して支払うべきものである。
二 被控訴人が本件電話盗聴により被った損害及びその額
1 被控訴人の地位及び経歴が被控訴人主張のとおりであることは、当事者間に争いがなく、被控訴人宅を対象にして、山崎ら三名が本件電話盗聴の実行に至った経緯、その顛末、本件電話盗聴への北條らの関与は、既に認定したとおりである。
2 右の事実に鑑みれば、被控訴人が本件電話による交信を傍受(盗聴)されたことによって、そのプライバシーが侵され、保護されるべき通信の秘密が保たれず、政治的活動の自由も脅かされたことは、推認するに難くない。
3 他方、本件電話盗聴は、その動機ないし目的、態様、山崎ら三名及び北條らの地位いずれをみても、これを是認したり、あるいは酌量を考える余地が少しもないものである。
4 しかし、そうとはいえ、前認定のとおり、被控訴人は、遅くとも昭和四五年六月一九日には、本件電話による通話が何者かに盗聴されていることを認識していたうえ、本件電話盗聴によって、被控訴人が、前示したところ以上に、より具体的、現実的な被害を受けたと認めるに足りる証拠はない。
5 以上に加えて、本件電話盗聴の実行者及び関与者が判明し、被控訴人が本件訴訟を提起し得るに至った経緯、その他、本件で認められる諸事情をすべて総合考慮すれば、被控訴人が本件電話盗聴によって被った精神的苦痛を慰謝するに足りる金員は、原判決の認定する一〇〇万円をもって相当とするというべきである。
6 控訴人廣野及び同竹岡は、原判決の認定する一〇〇万円の慰謝料は高額にすぎる、と主張するが、既に説示したところからして、右主張を採用することはできず、他に、以上の認定判断を覆すに足りる証拠はない。
第六 結論
 以上の次第で、被控訴人の本件請求は、控訴人らに対し、連帯して、前記一〇〇万円(ただし、控訴人北條らに関しては、前示の割合により、控訴人北條弘子につき、五〇万円、同山崎雅子、同萩本恭子及び北條隆久につき、各一六万六六六六円)及びこれに対する前認定の本件電話盗聴が中止された日である昭和四五年七月九日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるというべきである。
 よって、右と同旨の原判決は相当であって、控訴人らの本件各控訴はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担について、民事訴訟法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官村岡二郎 裁判官滝澤孝臣 裁判官佐藤繁は転補につき署名押印することができない。裁判長裁判官村岡二郎)
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