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■親子兄弟以外の三親等の親族が扶養義務を負うのはどんなとき?

 小学館「女性セブン」2012年6月14日号に「河本準一 妻の母も生活保護を受給、扶養義務はあったのか」という標題の記事が掲載されている。この中に民法877条第2項の「特別の事情」とは「親を扶養すべき子供の収入が少なく、かつ他に扶養できる人がいないなどのケースを指す」という記述がある。本当に親を扶養するべき子の収入が少なく、かつ穂かに扶養できる人がいない程度で特別の事情が認められるのか裁判例を調べてみた。…といっても何がなんだかさっぱりわからない人もいるだろうからちょっと解説。
 まずは民法の条文をお読みいただきたい。

 (扶養義務者)
第八百七十七条  直系血族及び兄弟姉妹は、互いに扶養をする義務がある。
2  家庭裁判所は、特別の事情があるときは、前項に規定する場合のほか、三親等内の親族間においても扶養の義務を負わせることができる。
3  前項の規定による審判があった後事情に変更を生じたときは、家庭裁判所は、その審判を取り消すことができる。

 ここに非常にわかりやすく書かれているように、通常は親子や兄弟姉妹のみに扶養義務が存在する。特別の事情があるときは家庭裁判所が三親等内の親族についても扶養義務を負わせることができると定めている。ちょっと余談。生活保護と扶養の関係について三親等内の親族は扶養義務を負うなどと書かれることも多いが、これは間違いだと言うことがわかる。特別の事情がある場合のみ、それも家庭裁判所が審判を下した場合にのみ、扶養の義務が発生するのである。生活保護法も民法に定める扶養義務者の扶養が優先すると定めているのみで、結局は民法の規定によるのである。閑話休題、それでこの877条第2項が言うところの「特別の事情」とは何なのかというお話である。女性セブンは「親を扶養すべき子供の収入が少なく、かつ他に扶養できる人がいないなどのケースを指す」としているが本当にそれで特別の事情が認められるのか裁判例を調べたのだ。
 大阪家裁1975年12月12日審判は「特別の事情」について次のように述べている(家庭裁判月報28巻9号67頁)

 民法八七七条二項の扶養義務者指定の「特別の事情あるとき」とは、要扶養者の三親等内の親族に扶養義務を負担させることが相当とされる程度の経済的対価を得ているとか、高度の道義的恩恵を得ているとか、同居者であるとか等の場合に限定して解するのを正当とすべく、単に三親等内の親族が扶養能力を有するとの一事をもつてこの要件を満すものと解することはできない。

 このように特に恩恵を受けた場合等に扶養義務者として指定するとしているのみである。なお、特に恩恵を受けていない場合であっても自ら扶養すると申し立て、しかも他の親族が一切扶養をしない、しかし申立人の扶養の熱意が固いというケースで「特別の事情」を認めたケースも存在し(1976年2月2日東京家裁審判、家庭裁判月報28巻10号76頁)同様の裁判例もいくつか存在するがあくまでも本人の意思が固かった場合に認められたに過ぎない。自身がが扶養すると申し立てても特別の事情が認められないとした裁判例(2000年3月7日新潟家裁佐渡支部審判、家庭裁判月報52巻8号53頁)もある。この事案についてはちょっと事情が入り組んでいるので判断の部分を以下に引用しておく。

 ところで、事件本人に後見人、配偶者がなく、法定の扶養義務者が一人のみの場合は、精神保健及び精神障害者福祉に関する法律20条1項、2項の解釈上、家庭裁判所の選任を要するまでもなく、その者が法律上当然二保護者になると解されるから、本件においては、事件本人の扶養義務者として唯一人現存する養子中田市弥が当然事件本人の保護者となる。
 なお、前期の事情から、養子中田市弥が十分に保護者としての義務を遂行できるかどうか問題がなくはないが、もし適切に義務の遂行ができないときは、同法律21条の定めにより、事件本人の居住地を管轄する市町村長が保護者になるものと解されるのであり、事件本人の保護はこの規定によるのが相当であって、本件において、前記認定の事実に照らせば、申立人に民法877条2項の扶養義務を負わせてまで、同人を事件本人の保護者に専任しなければならないような特別な事情があるとは認められない。

 まとめると、特別に恩恵を受けただとか同居者であるとか扶養したいという熱意が固い場合に限って民法877条第2項が言うところの「特別の事情」があると認められるということがわかる(なお、877条2項による扶養義務は家庭裁判所が認めない限り発生しないことに留意されたい)。扶養する気もない者に対して、それも特別の恩恵も受けていないのに、第三者が「扶養しろ、それは義務だ」というのは間違いなのだ。
 また、女性セブンの「親を扶養すべき子供の収入が少なく、かつ他に扶養できる人がいないなどのケースを指す」というのもやはり間違いだ。単に他に扶養できる人がいない程度では「特別の事情」があると認められない。もっとも「など」という部分にその辺の細かい事情も含めたつもりなのかもしれないが、ミスリーディングを誘発していると言わざるを得ない書き方である。

 それにしても、なのである。ここ最近扶養もせずに生活保護を受けさせていたとは何事かと舌鋒鋭く批判する片山さつき(自民党、参議院比例代表選出)、世耕弘成(自民党、参議院和歌山県選挙区選出)の両氏はいったい何をやっているのであろうか。扶養義務に対する判例も調べずただただ批判するのみ。国会議員の調査研究のために国立国会図書館という大変立派な施設も設けられていると言うのに少しも判例を出してこない。特に片山さつき氏はひどい。社会保険労務士会の総会で芸人さんの生活保護はおかしいと意見をもらったからと言って「プロから見ても、あの二件共、支給はおかしい、と。」などとドヤ顔になったり(片山さつき氏の公式ブログにリンク)。いつから社会保険労務士が生活保護制度のプロになったのであろうか。社会保険労務士は労務管理と社会保険のプロであって社会福祉制度のプロではない。とまあひどい有様である。国立国会図書館法の前文「真理がわれらを自由にする」が泣いている。
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テーマ:生活保護 - ジャンル:政治・経済

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