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■「死の町」と言う発言をした前例

 鉢呂吉雄氏が福島第一原発周辺地域を訪問した感想を「死の町のようだった」と述べたことを批判され、経済産業大臣を辞任したのであるが、他に似たような文脈で死の町と述べた前例はなかったのか国会会議録検索システムを検索して調べてみた。そうしたら出るわ出るわ。しかも同じく福島第一原発事故後の周辺地域について述べた大臣すらいたのに大問題にはなっていない。なぜ鉢呂氏の発言だけがことさら問題にされたのか、誰か教えてください。とりあえず前例をいくつか示しておく。なお、これはTamnius氏のツイートに触発されたものであり、アイデアは私独自のものではないことを付記しておく。

●第177国会 参議院行政監視委員会(2011年5月16日)細川律夫厚生労働大臣の発言(肩書きは当時。以下同じ)
 今、石橋委員の方からお話がありましたように、私は五月の七日にJヴィレッジとそれから福島第一原発の方に行ってまいりました。
 Jヴィレッジから福島原発に行く間、これマイクロバスで行きましたけれども、その間、人が一人も見えない、いない、牛が放牧をされて、主のいない牛が、何というか、漂っているといいますか、そんな風景を見まして、本当に町全体が死の町のような印象をまず受けました。
 そして、完全防護服を着まして、そして第一原発の免震棟の方に行きましたけれども、防護服を着てマスクをいたしますと、動作もなかなか鈍くなりまして、非常に動くのも不自由、何か息をするのも何となくしにくいような、そんな状態で免震棟の中に入りました。そこには作業員がたくさんおられまして、そしてたくさんの方がそこで作業をしたり休んだりいたしておりまして、その状況を拝見をいたしまして、この原発の収束作業、これは大変な作業であるということをまず実感をいたしました。
 そこで、私は作業員の皆さん方に、あなた方、皆さん方のこの作業というのはもう世界中の人たちが注視をしていると、何とかこの原発収束をしていただくように心からお願いをしますと、こういうことで、しかし、私の方では皆さん方の健康が大事だということ、したがって、被曝量の管理とそして皆さん方の健康と、これが私にとっては関心の最も高いところであり、皆さん方が無事この作業を終えられることを心から期待をしているというような挨拶もさせていただきました。私は、作業員の皆さん方のまずは被曝線量の管理、そしてまた健康管理、これをしっかりしていただく、また私どもの方としてもそれを指導していくということを強く思った次第でございます。
 また、会社側からもいろいろとお話もお聞きをいたしました。会社側の方としても、収束に向けて最大限の努力をしているけれども、なかなか思うようにいかないところもあって国民の皆さんにも御心配掛けているというようなお話もございましたけれども、いずれにしても、原発が収束をしなくては、このための作業というのはこれは何としてもやり抜いていただかなければならないと思いますし、そのために健康管理というものは私どもの方としてはしっかりやっていきたいと、指導してまいりたいと、このように考えたところでございます。

●第112国会 参議院地方行政委員会(1988年3月31日)抜山映子議員の発言。なお、この発言は前後の発言も若干抜粋して収録する。
○抜山映子君 構造不況業種とかそれから輸出関連で非常に打撃を受けた産業の所在する地方、そういうところの税収の落ち込んでいる地域はどの程度見込まれておりますでしょうか。
○政府委員(小林実君) 構造不況や円高の影響を受けます輸出型産業に依存している地域につきましては、税収、特に景気変動を敏感に反映いたします法人関係税が落ち込んだり伸び悩んでいるというふうに考えられるわけでございます。
 先生御存じの例えば相生とか西脇でございますが、全国の税収総額につきまして六十一年度の税収を六十年度と比較してみますと、全国では税収総額の伸びは七・二でございまして、このうち法人住民税の伸びは〇・四でございますが、例えば相生市では税収総額が二・六にとどまる。特に法人市民税におきましては三角の一八・一というような状況でございます。また西脇等におきましては、税収総額が三・五でございまして、法人市民税につきましては三角の九・〇%というような状況でございます。一般的に法人関係税を中心に伸び悩んでいるというふうに思われます。
○抜山映子君 そのような地域に対しましてはどのような財政対策を講じていただけますでしょうか。
○政府委員(小林実君) 当然のことでございますが、具体的なことで申し上げますと、例えば相生市の場合で言いますと、今まで不交付団体でございましたが六十二年度からは交付団体になりまして、約三億近くの普通交付税が行くようになりました。また西脇の場合で申し上げますと、市町村の普通交付税が、全体では四・七の伸びでございますが二七%近く伸びているわけでございまして、こういう仕組みで財源は保障はされておるわけでございます。
 このほか、昨年で申し上げますと、五月に経済対策が決められまして、公共事業等の配分につきましてはそういう点も配慮して各省で配分をするということが考えられておりますし、自治省自身といたしましては、この不況地域につきましての経済活性化とか、あるいは雇用の確保のために経済活性化緊急プロジェクトという政策を掲げまして、地域総合整備債の充当その他財政措置を講じまして積極的に支援を行っておるところでございます。
○抜山映子君 ひとつこの点は、そういう手はずになっておりますということだけでなくて、早急に例えば公共事業の重点配分などについても考慮して、なるべく前倒しに前倒しにやっていただきたいと思うのでございます。実際に現地などを見ますと、相生にしても西脇にしても、商店街自体がもうみんなシャッターを閉めているような店が多くて死の町というような感じでございます。ひとつよろしく御配慮いただきたいと思います。
 ところで、昭和六十一年度、六十二年度に講じられました国庫補助負担率引き下げ措置に伴う昭和六十三年度の地方財政への影響額はどれぐらいでしょうか。そしてまた、その影響額のうち調整債という借金によって補てんされる額はどれぐらいでしょうか。

●第94国会 衆議院本会議(1981年4月7日)小渕正義議員の発言
 私は、民社党・国民連合を代表して、ただいま提案趣旨説明がありました原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律の一部を改正する法律案につきまして、総理並びに厚生大臣に質問を行うものであります。
 昭和二十年八月六日、九日、広島、長崎に投下された原子爆弾は、一瞬にして三十万余の人命を奪い、両市をさながら死の町と化したのであります。まさに、原子爆弾は人間の尊厳、人間そのものを根底から破壊したのであります。私は、このような原子爆弾投下は、国際法に違反するとともに、人道上許されざる行為であると断ぜざるを得ません。
 原爆投下以来三十数年を経た今日、三十四万余人の被爆者は、いまなお原爆後遺症に苦しみながら懸命に生きているのであります。そうして、これら全被爆者が昭和三十一年以来要求し続けてきたのが被爆者援護法の制定であったことは周知の事実であり、この悲願を実現させることこそ政治のなすべき重要な使命であります。(拍手)
 昨年末答申されました原爆被爆者対策基本問題懇談会の意見書に対し、被爆者団体は「広島、長崎の原爆による残虐無比の被害と、その後の被爆者の苦しみを全く理解していない。われわれは激しい憤りを持ってこれに抗議する」との声明を発表し、援護法の早期制定を目指して粘り強い運動を展開しています。
 総理は、この被爆者の長い間の悲痛な叫びを一体どのように受けとめておられるのか、率直なるお考えを示していただきたいと思います。(拍手)〔引用者注…後略〕

●第84国会 参議院災害対策特別委員会(1978年2月9日)戸塚進也議員の発言
 激甚の指定については、中小企業庁の場合は当然当該の二つの地域だけじゃなくて、もう本当に火の消えている伊豆ほとんど全域について――全域と言っちゃ言葉がオーバー過ぎるかもしれませんが、
  〔委員長退席、理事青木薪次君着席〕
要するに、今回の道路の途絶、観光客が全然来ない、こういったような事実上もう死の町と化している他の町村に対しても、当然適用を拡大する、こう解釈してよろしゅうございますね。

●第81国会 参議院災害対策特別委員会閉会中審理(1977年9月16日)対馬孝且議員の発言
 これは二つの性格あると思うんだよ。事業主が事業上、さっき言ったようにもう洞爺に見切りをつけて雇用転換をしてしまったと。そのものに対する、いま言った前段の方は、当然これは雇用訓練の機会を与えて他に就職を求めなきゃなりませんから、これは当然のことですよ。これは補償してもらわなきゃならぬ。いま言った面は検討するということですからね。
 そこで、関連してちょっとぼくはお伺いするんだが、そこで政務次官聞いてもらいたいんだよ、これがなぜできないかということを私は言いたいんだ。雇用調整金を、この際、温泉業界のホテル業、それから食品製造業、それからおみやげ販売店を業種指定をすべきであるというのが私の考え方なんですよ。これがどうして今回の有珠災害が雇用調整給付金の業種指定をすることができないか。私はこのくらいの経営危機、経営の行き詰まり、経営困難というのはないと思うんですよ。なるほど原因の出発は災害だったけれども、現在今日、先ほど来学者が、経営者が言っているように、現実にこれから長期にわたって完全に洞爺の町というものは死の町に化してしまっているわけだ。そうでしょう。しかも、交通規制といって、完全にこれはそういう条件のもとに経営難が起きているわけですよ。もちろん雇用調整金の目的は私も知っていますよ。経済情勢、あるいは経済の不況、経済の行き詰まり、こういう問題はあるが、結果的には、災害から出発したけれども、いまの洞爺の置かれている状態というのは、そういう交通規制、あるいはそのことによってお客が来ない、そのことによって経営難にぶつかり経営に行き詰まってしまっていると。こういう状態は、次官が言うとおりなぜ拡大運用ができないんだと、私に言わせれば。これを当てはめれば当然二分の一補償できるわけですよ、業者に対しまして。できるということは、働く者に対しても生活保障ができるということになるわけですよ。これが労働省は一体どうしてできないのだと私は言いたいのだ。これこそ拡大運用として、労働者の生活安定とこの中小企業の安定確保のためにもこの措置を運用してはどうかと、こう考えるのだけれども、いかがですか。

●第81国会 衆議院災害対策特別委員会(1977年9月12日)田澤国土庁長官の発言
 先ほど篠田先生にお答え申し上げましたとおり、政府といたしましては、この有珠山の火山噴火について二回現地に調査団を派遣いたしてございます。さらに、その結果を踏まえまして非常災害対策本部を設置いたしました。さらに、非常に緊急な対策あるいはまた今後なすべきもろもろの施策を関係の閣僚会議を開きまして御了解をいただいた上、さらに関係省庁に積極的な対策を講ずるよう要請をいたしてあるわけでございます。
 私は十日の日に現地へ参りました。伊達市、虻田町、さらに壮瞥町をごく早い時間でございましたけれども積極的に調査をいたしてまいりましたが、特に先ほども問題にございました洞爺湖温泉町の被害というものは非常に大きいのでございます。降灰あるいは火山れきが五十センチ以上も堆積しているという状況を見まして、また、本来ならばあの季節は洞爺湖温泉街がもう観光客でいっぱいな季節なのに全くお客さんがいない、死の町となっている状況を見まして、本当に予想以上の被害であるということを感じてまいったわけでございます。
 そこで私たちとしましては、まず有珠山の火山の監視観測体制をやはり一本化した強力なものにしていかなければならないという観点から、大学側あるいは科学技術庁、国土地理院が一体になって観測体制の強化を図ったのでございます。
 さらに水その他生活必需品が遅滞のないようにという対策をも講じてまいりました。また、当時は学生、生徒がちょうど夏休み中でございましたが、その後いずれも九月に入りますと夏休みが終わりますものですから、それに対する対策等も十分検討してまいりました。
 さらに、先ほど来各省庁からすでに答弁してございますように、農地災害だとかあるいは避難者に対する救援、救護対策だとか、あるいは中小商工業者に対する貸付制度だとか、あるいは制度資金のいわゆる償還の期限の猶予等、もろもろの対策を進めているわけでございます。
 今後考えられるのは、今回は幸いにして人的被害がございませんけれども、今後さらに火山噴火があった場合に人的被害があっては大変でございますので、火山の監視観測体制をさらに継続して進めていくということ、さらには天災融資法あるいは局地激甚災の指定等についての作業をできるだけ速やかに進めまして、地域住民におこたえしてまいらなければならない、かように考えているような次第でございます。

●第71国会 衆議院農林水産委員会(1973年6月13日)角屋堅次郎議員の発言
 この第三水俣病の問題にしても、PCB汚染に伴う問題にしても、漁業者自身は何も悪くないんですね。公害発生源からの公害たれ流しでこういう問題が起こらなければ漁業はできるわけです。生業は成り立っておるわけです。私は水俣に行ってつくづく痛感したのですけれども、あの死の海を見、そしてあれだけ悲惨な、なくなった方々や今日でもやはり患者を持っておるという暗い水俣の町を見ると、チッソ水俣工場一つだけで水俣の町を全く破壊し尽くしてしまっておる、そういう実感がしみじみいたしました。あの非常にふところの広い水俣湾、豊富な水産資源を持っており、豊かな資源の中で生活ができたであろう水俣の町が、一チッソ工場のために全く暗い死の町にされてしまっておる。去年のストックホルムの人間環境会議じゃございませんけれども、国際的にもかけがえのない地球、オンリー・ワン・アースということがいわれるようになった。かけがえのない日本、かけがえのない水俣やあるいは有明湾、そういう現地の状況からすると、いいころかげんな姿勢で公害問題を考えておったらたいへんなことになるのじゃないですか。〔後略〕

●第55国会 衆議院社会労働委員会(1967年6月7日)浅井美幸議員の発言
 いまの大臣の答弁でありますけれども、非常に形式的な答弁で、私も現地に三十一日に参りまして一日調査いたしました。現地の由良町は死の町みたいな姿で、恐怖のどん底にたたき落とされておる。その状態の中で不安な毎日を送っておった町民の人たちの姿、そして救急対策が、いまの答弁では何かうまくいっているような答弁でありましたけれども、現状は、県の対策と町の対策とが二元的になって、うまくいってない状態がたくさんあった。またいまでもある。ですからこの七十名がまだ自宅療養しておる。この自宅療養しておるのは、隔離の必要がないのか、あるのか、その点をはっきりと御答弁願いたいと思います。

 とまあ、被災地などを「死の町」と表現した前例はかなりある。しかも一例は今年になってからだ。細川大臣が国会で死の町と発言したときには一切批判せずに鉢呂大臣が記者会見で死の町と発言したら途端に「万死に値する」などと〔2011.9.16追記 「万死に値する」としたのは鉢呂大臣の別の発言、「放射能つけちゃうぞ」発言に対するものでした。ここに訂正します。でもNHKニュースによれば「一日も早く故郷に戻りたいと思っている人たちが何万人もいる。そこに暮らしていた人たちはどんなに傷ついたことか」などと批判しているとのことですからやっぱり批判の舌鋒鋭くしているわけですね。〕批判の舌鋒鋭くする石原伸晃氏は何を考えているのだろうか。もっともあえて批判するとしたら前例として示した各発言は「死の町」だからこそ対策をしっかりしないとならないと言うような趣旨のものだったのに対して鉢呂氏の発言はただ死の町と述べたにとどまっていて、そこは批判されてもやむを得ないかもしれない。
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