■2017年09月
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■映画「月光」を見てきました。行き帰りの電車内で山本潤さんの本も読みました。

映画「月光」を、再度観てきた。何度観てもつらいものはつらいものだね。
今回の感想。身近なところに、性暴力被害への入り口はぽっかりと口を開けているという恐ろしさを感じたのが一点目。性暴力被害ももちろん日常の関係性の中から発生するものとして描かれていたが、二次被害もまた何の気なしに誰もが引き起こしてしまう。主人公(この主人公が性被害に遭うわけだが)の母親は、子どものための施設を運営していたりする。そんな母親でも、過去の近親者による性被害を打ち明けられたら「今更何を言ってるの」などと反応する。こういう反応って、残念ながらよくあることのようだ。
二点目。この映画でメインとして描かれている性被害を打ち明けられた母親と主人公が、車に乗ってどこかに行くというラストシーン。車に乗って震える主人公を母親が強く抱きしめ、大丈夫よ、大丈夫よとなだめるシーンでつい落涙。一回目に見た時も確かにこのシーンで感動した覚えがあったが、二度目はさらに強かった。
三点目。性暴力加害者のこともまた描かれていた。仕事はうまく行ってない、家庭でも疎外されている、そんな男が、支配欲を満たすために性暴力に及ぶ。これは監督があいさつの中で言っていたことであったが、性暴力加害者がまさに支配欲から性暴力に及んでいると言うことを描いたのだという。
少なくとも日本に住む男性なら、女性に対する支配欲は無意識のうちに身に着けて育ってきている(はず)だから、これは男性である私にとってもとても「痛い」映画だった。
加害者のことに話が及んで思い出した。これこういうところでどこまで書いていいのかわからないが、知人に性暴力加害に及んだ者がいたのよね。うち一件は未遂、一件は既遂。どちらも警察に届けられなかったからついに闇に葬られたはずである。それでも、彼らは若いうちの軽微な過ちだと思って大して気にせず生きているのであろう。詳しくは聞いたこともないが。そんなことも思い出しながら、性暴力加害も、まさに自分事としてとらえたのであった。
自らの加害性をしっかり見据えて行かないとならないと感じた。実際私も女性に対してセクハラ発言は何の気なしにしたことがあって、そのたび注意されたりしているわけで、だからこの映画の加害者と地続きのところにいるのは間違いないのだ。だから決して他人ごとではない。

で、「月光」を観に行く電車の中で一気に読んだ「13歳、「私」をなくした私 : 性暴力と生きることのリアル」(山本潤著、朝日新聞出版)。「月光」は、ラストシーンである種の救済があったかのように描写して終えているが、現実にはそんなことはなく、長い長い道のりをたどらなければならないことをこの本は記している。言われてみれば当たり前だけど、性的被害からの回復には、とても長い道をたどる必要があって、その長い道を余すところなく描いていた手記だった。
私は男性の目線から見てしまうので偏りがあるのはご容赦いただきたいと思うのだが、一点目に目についたのは、働いているときに同僚や関係者の男性が襲い掛かってこないことを目の当たりにして、すべての男性が危険なわけではないのだと認識することができたと書かれていた部分。「加害に及ばない」という当たり前のことだけでも、被害者をエンパワメントする力になるのだと、私はそう読んだ。
二点目。そんな彼女も、対等な関係を結んでくれる男性をついに見つけ、結婚することになる。それもまた、彼女をエンパワメントすることになる。
著者は最後に、「性暴力被害者・サバイバーを優しく、温かく、心強く支えてくれる、そんな人たちが一人でも増えてくれることを願っています。
 その一人にあなたがなってくだされば、こんなに嬉しいことはありません。」
と結んでいる。さて、ひるがえって自分のことである。これまで、私はちゃんと女性たちと対等でまともな関係を築いてきただろうか?そもそも築こうとしてきただろうか?どこか押しつけがましく、どこか支配的ではなかっただろうか?自省を始めると、おそらくは際限なくなる。
明日、私の目の前に性暴力被害者が現れないとも限らない。もちろん、その方は私にそんなことは素振りも見せずにさりげなく振る舞うだろう。そして、その可能性は決して低くはない。何しろ、私は性暴力加害の話なら知人友人から、性暴力被害の話なら妹から実際に(聞いてて嫌になるほどたくさん)聞いているから、遠い世界でだけ起きる出来事とはとても考えられないのである。
さて、私は、そんな現実を知っている。そして、女性たちと、対等で水平な関係を構築する必要性も知っている。しかし、では、私にそれができるだろうか?正直、自信はない。なんとなればホモソーシャル的な価値観に浸って生きてきたのは間違いないし、知らず知らずのうちに男性こそが中心!な価値観は持っている。もちろん、それがあまりにも目立つようだと、私もとても違和感を感じるわけだが(それは父親の影響もある。「男のメンツ」だかなんだかなんて単語を裁判所に出す反省文的なものに書いていたことがある)。
やたらと家庭内で頭に立ちたがる父親の姿を見て育ってきていて、もちろんその男性中心な価値観には違和感を覚えてはいるんだけれど、だけれども無意識のうちにそんな価値観は身に着けているはずで、だからこそ原罪意識のように「男性中心な価値観は自分と分かちがたく残っている」ことを自覚していかなければいけないのだと思う。

そして何よりも、この本で描かれている性暴力加害者が、まさに「男性が家族を支配するもの」という価値観を持った男性だった。
従来の男性なら一人前に稼いで、って価値観は息苦しいと。でもそれは家族を支配する欲求の対価でもあるわけで。
これは相当な難題を抱えたぞ。と、季節の変わり目に思ったのでした。

ということをつらつらと考える一日だった。
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■みおふぉん、SIM交換したらどのくらい時間がかかるかレポート

 ひょんなことから、みおふぉんのSIM交換をすることにした。どのくらいの時間がかかるか、メモ代わりにほぼリアルタイムでレポートする。
2017年9月8日朝9時ごろ サイトで申し込み
同日 11時05分 本人確認終了の連絡が届く
2017年9月9日朝9時30分頃 切り替え前のSIMが使えないことを確認
2017年9月10日13時20分頃 切り替え後のSIMが届く

というわけで、ダウンタイムは28時間余り。土日を挟んでこれだから、IIJはなかなか頑張ってくれたと思う。

■警察統計に出てくる性犯罪の数は、実際に捜査機関に申告した人のうちでも氷山の一角

 法務省法務総合研究所が行っている「第4回犯罪被害実態(暗数)調査(2012年)」によると、過去5年間に性暴力の被害に遭った方の割合は1.3%。そのうち、18.5%が捜査機関に申告したと言う。2012年の16歳以上人口を分母にすると、過去5年間に性暴力の被害に遭った方は142万人余り、そのうち26万人あまりがその性暴力を捜査機関に申告している。
 では、警察の統計を見よう。刑法犯としてカウントされる強姦、強盗強姦、強制わいせつ、公然わいせつの2007年から2011年までの認知件数は55,585件。迷惑防止条例違反(粗暴行為)による送致件数は29,100件。2つ合わせて84,685件。これが、警察統計上の過去5年間の性暴力の数である。
 警察統計に表れる性暴力の数は、申告した数から比べてもさらに氷山の一角に過ぎないことがよくわかる。被害者が捜査機関に申告しても、必ずしも警察が犯罪として認知するわけではないのである。そして、犯罪として認知しなければ認知件数としてはカウントされない。痴漢が含まれるところの迷惑防止条例違反に至っては、送致件数であるから、被疑者が特定されて送致されない限り件数にはカウントされないのである。
 このように、警察統計には暗数が相当あるのである。

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■「女性たちと、対等で水平な関係を構築する」…言うは易く行うは難し

 先日、私は映画「月光」を見てきました。行き帰りの電車内で山本潤さんの本も読みました。というエントリの中で、「これまで、私はちゃんと女性たちと対等でまともな関係を築いてきただろうか?そもそも築こうとしてきただろうか?どこか押しつけがましく、どこか支配的ではなかっただろうか?自省を始めると、おそらくは際限なくなる。」などと反省して見せた。にもかかわらず、その反省が全然骨身に染みてなかったという懺悔である。

 場面は、比較的若い人が集まるサークル的な場所だと考えてほしい。そのサークルの例会に、お近づきになりたい女性がいる。ついこの間の例会で、そのお近づきになりたい女性が何人かとゲームをやっていた。とても楽しそうに見えた。そのお近づきになりたい女性(Aさんと言う)とは最近なかなかコミュニケーションをとれておらず、まあはっきり言ってしまえばぎくしゃくしているのである。だから、例会の時に話をするのが精いっぱいのコミュニケーションチャネルになっている。で、Aさんはゲームをしていた。ところが、私はそのゲームの輪に入らなかった。なぜか。私は家庭の方針で、成人してしばらくするまでゲームになど一切触れたことがなく、そもそもゲームを敬遠する気持ちが根付いていた。また、ゲームと言っても何が何だかさっぱりわからず、ゲームに触れるのが怖かったという気持ちもあった。で、皆がゲームに興じる中、私はひとりで本なんぞを読んでいた。
 今考えると、とてももったいないことをしてしまったと思う。ゲームがわからないなら、その輪の中にいる人たちに聞けばよかったのだ。もしかしたらAさんも親切に教えてくれたかもしれない。そうやって教えてもらうこと自体が、大切なコミュニケーションになっていたはずなのである。返す返すも惜しいことをしたと思う。次にAさんに会えるのは、たぶん来月後半になるだろうから、貴重な機会だったのである。

 さて、なぜ輪に入らなかったか、自分なりに分析した。間違いなく、「男としてのプライド」みたいなものがあった。季刊Be!の64号の記事に「弱みを見せたら、今まで自分が積み上げてきたものがこなごなに崩れてしまうという恐れです。強く見せていないと、男性としてのアイデンティティがゆらいでしまう、自分の価値が守れない、と思い込んでいるのです」などという記述があったが、まさにその通りだと、後になってから気づいた。お近づきになりたい女性の前でみっともない姿を見せたくない、そんなちんけなプライドのために貴重な機会をつぶしてしまったのである。そして、そのプライドは、要するに「男たるもの常に女性より優れていなければならない」という信念と表裏一体である。「女性たちと、対等で水平な関係を構築する必要性も知っている」などとエラソーに言った割には、女性たちと対等で水平な関係を構築しようとしなかったのである。女性よりも優れていなければならないと思ってしまったのである。まさに言うは易く行うは難しである。
 今になってみたら貴重な機会をつぶしてしまったことの後悔が胸をかきむしる。最初はゲームに触れさせてくれなかった両親を怨んでいたが、よく考えたら自分のちんけなプライドが原因だったりするので、親のせいばかりとは言えない。ただ、そういうちんけなプライドにすがらないと生きていけないようにしてしまったのはやっぱり親の育て方が悪いせいだったりもするので、親を恨むのはやめないけどね。
 私にとってとっても大切な機会だったと見えて、夜寝ていても貴重な機会をつぶしてしまったことを後悔して目を覚ますことすらある。せめて、次に生かすしかないが。とはいえ貴重な限られた機会を一回つぶし…

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■アメリカ保健社会福祉省の性暴力解説ページがあまりにもわかりやすい

 アメリカ合衆国保健社会福祉省は性的暴行についての解説サイトを開設している。このサイトの記述が、Google翻訳をした後でもあまりにも端的でわかりやすく、日本の現状が悲しくなる。性的暴行の定義について、同サイトは次のようにはっきりと宣言している。

What is sexual assault?
Sexual assault is any type of sexual activity, including rape, that you do not agree to. Also called sexual violence or abuse, sexual assault is never your fault.

Google翻訳による
性的暴行とは何ですか?
性的暴行は、あなたが同意しない、強姦を含むあらゆる種類の性行為です。 性的暴力または虐待とも呼ばれ、性的暴力はあなたの責任ではありません。



さらに、性的同意についてサイトは次のように述べている。

What does "consent" mean in sexual assault?
Consent is a clear "yes" to sexual activity. Not saying "no" does not mean you have given consent.

Your consent means:

You know and understand what is going on (you are not unconscious or blacked out or intellectually disabled).
You know what you want to do.
You are able to say what you want to do.
You are sober (not under the influence of alcohol or drugs).
Sometimes you cannot give legal consent to sexual activity or contact. For example, if you are:

Threatened, forced, coerced, or manipulated into agreeing
Not physically able to (you are drunk, high, drugged, passed out, or asleep)
Not mentally able to (due to illness or disability)
Younger than 16 (in most states) or 18 (in other states)
Remember:

Consent is an ongoing process, not a one-time question. If you consent to sexual activity, you can change your mind and choose to stop, even after sexual activity has started.
Past consent does not mean future consent. Giving consent in the past to sexual activity does not mean you have to give consent now or in the future.
Saying yes to a sexual activity is not consent for all types of sexual activity. If you consent to sexual activity, it is only for types of sexual activities that you are comfortable with at that time with that partner.


これをGoogle翻訳に突っ込むとこうなる。

性的暴行で「同意」とは何を意味しますか?
同意は性的行為に対する明確な "はい"です。 「いいえ」と言っているわけではありません。

あなたの同意は、

あなたは何が起こっているか知っていて理解しています(あなたは意識不明であるか、黒くなっているか、知的障害者ではありません)。
あなたはあなたがしたいことを知っています。
あなたは何をしたいかを言うことができます。
あなたは冷静です(アルコールや薬物の影響下ではありません)。
性的行為や連絡に法的な同意を与えることができない場合があります。たとえば、次のような場合です。

脅迫、強制、強要、または同意への操作
肉体的にできない(あなたは酔っている、高い、薬を飲んでいる、渡されている、または眠っている)
精神的に(病気や障害のために)
16歳未満(ほとんどの州)または18歳(その他の州)
注意:

同意は進行中のプロセスであり、一度限りの質問ではありません。性行為に同意すると、性行為が開始された後でも、あなたの心を変えて停止することができます。
過去の同意は将来の同意を意味するものではありません。過去に性的行為に同意することは、あなたが現在または将来同意する必要はありません。
性行為に「はい」と言っても、すべての種類の性行為に同意しているわけではありません。あなたが性的活動に同意する場合は、そのパートナーとその時に快適な性的活動の種類にのみ適用されます。

 うへうへえ、「拒絶したこと」の立証を求められる極東の某日本国の性的暴行の定義とは大違いである。

彼我の違いに、あまりにも悲しくなったのであった。

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■AV出演者がたとえ事業者だとしても、団体協約を結ぶことはできるはずだよね

 ビジネス・レーバー・トレンド2017年8・9月号に掲載された濱口圭一郎氏の入れ知恵。
 たとえAV出演者が労働組合法上労働者と認められないにしても、中小企業等協同組合法が定める中小企業には当てはまるので、事業者として団体協約を締結することができるはずだよね。以下、関係条文を引用しておく。

中小企業等協同組合法
(組合員の資格等)
第八条第3項 事業協同小組合の組合員たる資格を有する者は、組合の地区内において主として自己の勤労によつて商業、工業、鉱業、運送業、サービス業その他の事業を行う事業者であつて、おおむね常時使用する従業員の数が五人(商業又はサービス業を主たる事業とする事業者については二人)を超えないもので定款で定めるものとする。

(事業協同組合及び事業協同小組合)
第九条の二 
第1項 事業協同組合及び事業協同小組合は、次の事業の全部又は一部を行うことができる。
一 生産、加工、販売、購買、保管、運送、検査その他組合員の事業に関する共同事業
二 組合員に対する事業資金の貸付け(手形の割引を含む。)及び組合員のためにするその借入れ
三 組合員の福利厚生に関する事業
四 組合員の事業に関する経営及び技術の改善向上又は組合事業に関する知識の普及を図るための教育及び情報の提供に関する事業
五 組合員の新たな事業の分野への進出の円滑化を図るための新商品若しくは新技術の研究開発又は需要の開拓に関する事業
六 組合員の経済的地位の改善のためにする団体協約の締結
七 前各号の事業に附帯する事業

 明白に、事業者であっても協同組合を設立することができ、その協同組合が団体協約を締結することができるとはっきり定めている。

 川奈まり子氏の「表現者ネットワーク(AVAN)」は一般社団法人というかたちをとっているけれども、中小企業等協同組合法に基づく事業協同小組合という形態に変更するのも一手ではないか。一般社団法人としてどこまで働く人の保護ができるのか、私は大いに疑問である。

【2017.10.1追記】
 さらに中小企業等協同組合法上の団体交渉応諾義務: hamachanブログ(EU労働法政策雑記帳)を読んでいると、中小企業等協同組合法第九条の二にはこんな条文も用意されている。

12 事業協同組合又は事業協同小組合の組合員と取引関係がある事業者(小規模の事業者を除く。)は、その取引条件について事業協同組合又は事業協同小組合の代表者(これらの組合が会員となつている協同組合連合会の代表者を含む。)が政令の定めるところにより団体協約を締結するため交渉をしたい旨を申し出たときは、誠意をもつてその交渉に応ずるものとする。
13 第一項第六号の団体協約は、あらかじめ総会の承認を得て、同号の団体協約であることを明記した書面をもつてすることによつて、その効力を生ずる。
14 第一項第六号の団体協約は、直接に組合員に対してその効力を生ずる。
15 組合員の締結する契約であつて、その内容が第一項第六号の団体協約に定める基準に違反するものについては、その基準に違反する契約の部分は、その基準によつて契約したものとみなす。

 労働組合法の定める団体交渉義務に近い規定がちゃんと置かれている。これで、AV俳優が事業者だと認めるとしても、少なくとも団体協約を締結することができることは判明した。AV俳優が多数協同組合に結集すれば、これは相当の交渉力になりうる。
 川奈まり子氏はなぜ一般社団法人という形態にこだわったのだろうか。あるいは単純に団体協約を締結することができる中小企業等協同組合というものを知らないから一般社団法人としたのだろうか。ますます疑問である。

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ブログ名変えた(2011.4.24)。落ち着かないなあ。

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