■2013年07月
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■夏の始まりの東京・新大久保で憎悪の応酬を見た

 昨日(2013.6.30)、東京・新大久保で在特会によるデモが行われた。もうずいぶん前から在特会がヘイトスピーチを内容とするデモを行っていて、これに対するカウンターの動きも活発化していた。私はこのカウンター側に賛同してカウンターに参加しようと新大久保に行って来た。今日はその報告である。
 まず現地に辿り着くと機動隊が厳重に封鎖していた。私が確認した封鎖地点を下図に赤い×印で示してある(国土地理院「簡単地図作成サイト」を使用)。大久保病院南側に回ってみると機動隊封鎖地点の目の前に大久保病院の救急搬入口が。この一点だけでもこの日のデモの迷惑ぶりが浮き彫りになる。

 
 そのうちある封鎖地点にカウンター側が集まってきた(図上では「カウンター集結地点」)。ここで何を考えたかカウンター側が封鎖を解くように警察に迫り始める。それと前後して在特会らしい右翼の車が集結地点にやってくる。みなよってたかって取り囲んで抗議を始める。中には蹴る真似をする者も出てくる。あわてて機動隊が中に入って双方を引き離す。おいおい、今回のデモでは警察と対立しない非暴力行動じゃなかったのか?非暴力はどこへ行ったんだ?しかしなに、こんなのはほんの準備運動でしかなかった…
 そのあとは有田芳生参議院議員が機動隊に動きを止められていると聞いて「三権分立」コール。もはや警察と敵対しないという方針はどこかへ飛んで行ってしまった様だ。そういえば参加者を見ているといかにもフツーの学生さんらしい2人組もいたりするのだが、いかにもプロの左翼活動家な人々も目立つ。
 ちなみに、カウンター集結地点の横にはコンビニがあったんだがもちろん人だかりで開店休業状態。せめて買い物してやれよ、コミケの日などビックサイトの中のコンビニは凄まじい量を仕入れるんだぞ。

 さて、在特会デモ出発時刻が近くなったところで公安委員会がデモの中止を検討しているという報が舞い込む。ここで「中止に追い込みましょう」とアジテーションがあり、中止コールの始まり始まり。警察と対峙しない?あれ?そんなのあったっけ?もちろんそんな要望は一切聞き入れられることなく在特会出発。カウンター集結地点の機動隊が道を開けるべくカウンター側を強制排除。そんな中「帰れ」コールが始まる。ここからがまあ罵声大会の本番である。耳をふさぎたくなるような罵声がカウンター側から飛ぶ飛ぶ。そんな中を在特会の連中は歩いていく。いやあ、あいつら神経太いわ。在特会の連中を追いかけてカウンター側行動開始。追っかけをしないという方針はなかったようだ。これは私も人のこと言えないが。職安通りに出た在特会を追いかけるカウンター。もちろんあちこちから罵声が飛ぶ。

 それでも職安通りではそれほど目立たなかった。明治通りに入ってからがもう罵声の応酬。カウンター側が帰れ死ね、在特会ももちろん負けていない。しかも車道を見てみると都バスが足止めされている。ふざけるなお前ら、お前らの罵声大会のために他人に迷惑掛けるなと今なら怒りを覚えるが現場ではひたすら恐怖。
 双方とも一般通行人の都合など一切構うことなく罵声大会を続ける。たとえそこにバス停があろうと容赦なく罵声を食らわせる。在特の連中が「バス停を日本人に返しなさい」みたいな事をバス停に向かって怒鳴り散らしたのは覚えがある。当然、バスを待つお客さんが近づける状況ではない。しかも連中たちが悪いことに拡声器使ってるのだよ。拡声器使って双方が罵声の応酬をするものだからたまらない。警察官は必死で事故が起こらないようにと双方を引き離す。お疲れ様です、警視庁の皆さん。
 さて、在特の先頭に追いついたので私もカウンター行動。通りのそばに立って静かにプラカードを掲げる。罵声を浴びせることなくひたすら立ち続けた。まーあいつら罵声を浴びせてくる浴びせてくる。それでも暴力的ではありながら一応問いかけをしてくるものはいて、必死で語りかける。だが周りの拡声器の罵声にすべてをかき消された。警察官が危ないから下がって下がってというので静かに下がる。またもや拡声器持った男が近づいてきて罵声を浴びせかける。警察官が駆け寄り男の体を抑える。私、その横でビビリながら見てるだけ。全隊にプラカードの披露が終わったところでふたたび明治通りを走り、先回りしてまたプラカードを持って佇んだ。ここでもまあ罵声を浴びせてくるがほとんど無視。
 所期の目的を達成したので私はプラカードをしまい、バス停に向かう。しかし歩道を機動隊が封鎖。一般人ははた迷惑だろうよ。もちろんこの現場でも警察官に対して「何の権限があってこんなことやってるんだ」と野次が飛ぶ始末。警察官とは進んで対決しましょうだわな。やっとこさ着いたバス停でバス待ちの長い列。この時点でまだデモは明治通りを進んでいたのでバスも立ち往生したまま。しかしまあこうしてバスを待ってられるだけまだマシであった。交戦地帯と化したバス停ではのんびりバスを待つことすらままならなかったのだから(何でこんなことを書かなきゃいけないのやら)。

まとめ
・新大久保デモの現場は双方が入り乱れて憎悪をぶつけ合う、憎悪の応酬になっていた。
・カウンター側は憎悪の連鎖は何も生まないと立派な題目を掲げていたが既にカウンター側も憎悪を生んでいる。
・もちろん在特会側も負けず劣らず憎悪を振り撒いている。
・一般人の都合を省みることなく憎悪の応酬をやるのもいい加減にせいよお前ら。
・池袋と渋谷を結ぶ都バス路線、池86は副都心線の開業で完全に息の根が止められたかと思いきやしぶとく生き残っている。結構乗客がいた。
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テーマ:「ネット右翼」 - ジャンル:政治・経済

■下村文科相が「子供」表記への統一を支持したことに共鳴し当ブログの用語を変えました~保守系の「日本時事評論」よりも先んじて伝統的な語を採用

 7月15日付の日本教育新聞によると、下村文科相は「子ども」表記を「子供」表記に変えるように支持したとの子とである(参考)。もともと保守系の人たちが日本の伝統的な表記を取り戻そうと活動していた。保守系新聞である日本時事評論は〈天録時評〉〝柔らかい日本語〟の底流に〝静かな文化破壊運動〟が!! 〝交ぜ書き〟〝ジェンダーチェック〟に拒否の声をなどという記事を掲載して伝統的な日本語表記を取り戻そうと主張してきた。
 私はこれに大きく賛同した。さっそく自分のブログの記事の表記を変えることとした。ここで国立国語研究所のサイトを見よう。「子供」の「供」はもともとは接尾語だったという。だから昔は「子」と書いていたのがいつの間にか子供と書くようになったということだ。そこで私はこの伝統にのっとり今後「子」と表記することとする。ただし固有名詞等の引用は除く。
 また、他の用語も見直したいところだが今回はとりあえず「高齢者」表記についてのみ見直した。高齢者というのはもともとは行政用語・学術用語であって昔から使われてきた言葉ではない。昔から使われてきたのは「老人」である。近年ではなぜか使われなくなってきているが、この「老人」こそが古来より使われてきた用語である。国会図書館のOPACで検索すると「老人」という語をタイトルに含むのは1910年の「独歩全集」である。この中に収録されている「二老人」という作品に老人という語が使われている。一方、高齢者という語をタイトルに含むのはそれよりだいぶ下って1950年の「高齢者胃潰瘍穿孔の1治験例」という論文である。このように高齢者という語は戦後になって使われ始めたものに過ぎないのだ。そこで伝統にのっとって今後は老人という語を使用することとし、高齢者という語は使わないものとする。これは保守的とされる「日本時事評論」ですら採用していないものだからこのブログは保守派に先んじて保守的な語を採用したということになる。

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ブログ名変えた(2011.4.24)。落ち着かないなあ。

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