■2013年01月
ヘッドライン

■スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

■石原慎太郎が支持する戸塚宏が顧問を務める「体罰の会」サイトが変態性欲サイトになっている

 普段出入りする掲示板で教えてもらったのだが、「体罰の会」という会がある。この会は日本維新の会代表である石原慎太郎が支持している戸塚宏(戸塚ヨットスクール代表、このヨットスクールでは過去に体罰で何人も死亡させ、その結果として氏は懲役刑を受けている)という人物が顧問を務めている。このほか役員には南出喜久治(子宮頸がんワクチンを「不妊ワクチン」として批判する人物)や水島聡(保守系テレビ番組制作会社・チャンネル桜代表)もいる。このほか発起人には八木康洋(在特会)などがいるというその筋ではかなり浸透している団体である。

 で、この団体のサイトの公式掲示板が変態性欲サイトになっているのだ。論より証拠。実際にキャプチャをごらんいただきたい。
体罰の会◇掲示板
魚拓はこちら

書き込み内容を恣意的に抜粋してみる。
> もちろん、大怪我をさせるような体罰はダメですが、この程度の色なら、大丈夫でしょう。

> 何でも欧米欧米の進歩的知識人たち...でも欧米人でも、特に保守的なクリスチャンは、体罰に肯定的です。
? 神様が教育のために尻をお造りになられたのかのかどうかは知りませんが、体罰を行う部位に尻を選んだのは合理的です。
> うまくやれば、けが一つ負わせることなく、相当痛い目にあわせる事ができますので、教育に組み込めば効果抜群、学級崩壊なんて考えられません。
> 残念ながら画像はGIFファイルなので、音声を皆様にお伝えできませんが、音声を聞く限り、分厚い筋肉をフル活用した本格的お尻叩き、それが存分に効き目を発揮している模様です(肉の響きとあえぎ声から、その様子が伝わってきます)

> 肉の一番分厚い「安全な部分」のみがクッキリと!...浮かび上がり...ホント上手に叩いていますね。
> そもそも安全な部分しか叩かないので...その部分だけがクッキリ色づいて...愛のあるお仕置き(Spank with Love)は、ホント恥ずかしいですね。

> 泣き顔といい、目一杯ぶたれている肉の響き、尻の赤らみといい、萌ですね。
> 最後の痛~い総仕上げは...効き目をあげるための、テクニックでしょう。

 …気持ち悪いでしょう?変態性欲を刺激されてハアハアする人間の姿が後ろから見えてくるでしょう?体罰推進の正体見たり変態性欲と言ったものだ。言っておきますが、これ、戸塚宏が顧問を務める体罰の会のサイトであって場末のエロサイトではありませんよ。こんなサイトを持つ会の顧問をしている戸塚宏を支援しているのが維新の会代表である石原慎太郎である。しかも戸塚宏って東京都が主催する~東京ビッグトーク~石原知事と議論する会にパネリストとして出てるんですよ。いいんでしょうか、こんな会の顧問をやってるような人物を東京都が公式にパネリストとしてしまって。戸塚宏とか実際に体罰に及んで死者を出してるんですけれどね。これが漫画家あたりがマンガで描写したことだったら青少年・治安対策本部あたりが青少年条例に照らして文句つけそうな気がするのだが、戸塚宏だとスルーだと言うわけだ。大した「心の東京革命」である!

おまけ
 戸塚宏の手による「体罰に関するQ&A」なるコンテンツがサイト内にあるが、これもひどいのだ。一例を挙げてみよう。

Q3  体罰は誰にでも出来るのですか? ( 体罰を行う側の心構え・技術 etc)
体罰はもしあなたが一人前なら誰でも出来ます。もし自分に自信がなければ次のようにして下さい。
体罰の目的は進歩なのですから、その事を頭の中において体罰を行います。
「進歩、進歩」と頭の中で言いながらやって下さい。
実に上手く出来ますから。口に出してもいいですよ。 その時、丹田に意識を集中出来たら言うことはありません。

 まるっきりオウムと同じである。オウムでは地下鉄サリン事件実行犯に対してマントラを一万回唱えるように言ったとかだが、これと同じではないか。あまりにもひどいものである。進歩を目的とした有形力の行使だから問題ないとかいう言い分も別のところには書いてあるが、では人類社会の進歩のためにサリン散布という有形力を行使したオウム真理教も正当なものになるのだろうか。バカバカしい。

おまけ2
 体罰は日本の伝統ではない。日本において体罰が法的に禁止されたのは明治12年太政官布告40号「教育令」第四十六条「凡そ学校に於いては体罰を加ふべからず」としたことにさかのぼれる。その翌年明治13年太政官布告59条も引き続き同じ規定を維持し続け、この明治13年布告教育令は明治18年に廃止、翌明治19年勅令14号小学校令に引き継がれ、この時点でいったん体罰禁止規定は消える。しかし、その後明治23年小学校令で体罰禁止規定が復活、以後明治33年小学校令→昭和16年国民学校令→昭和22年学校教育法と一貫して体罰は法令で禁止され続けた。体罰禁止こそが日本の伝統なのだ。どうして自称伝統主義者はこういう伝統を無視するかなあ。自分の感情にあった物事だけを伝統だと称しているだけだからなのだろう。彼らの言う伝統は眉に唾をつけて聞かなければならない。
スポンサーサイト

テーマ:石原慎太郎 - ジャンル:政治・経済

■yahoo!ニュースの人気投票の結果を世論調査だと勘違いする新聞記者と文部科学大臣

 昨日(2013年1月15日)、文部科学大臣が記者会見で学校週6日制を検討中であると発表したとの報道があったので当該記者会見の動画を見てみた。この動画は文部科学省が公式にyoutubeで公開している。下の動画である。

 学校週6日制関係の問答は次の通りである。毎日新聞記者の質問に対して大臣が答えた。

(毎日新聞記者)
 毎日新聞のいしまきです。学校週6日制について伺いたいんですけれど、インターネットのYahoo!ニュースで学校週6日制に賛成反対の投票を募ってるんですけれど、この2日間で9万件の票が入りまして、そのうちの賛成が73%となっているんですが、この数値、賛成が73%という数値を大臣がどう受け止められるかということと、教育再生実行会議の中では週6日制についてテーマにはしてないのか。
(下村博文文部科学大臣)
 はい、73%というのは非常に高い数字だと思います。他の調査ではですね、子どもたち持ってる親の立場ではですね、85%と言うデータも承知しておりますが、おそらくもっと一般化したあらゆる人たちの意識だと思いますが非常に高い数字だと思いますし、しっかりと受け止めていく必要があるのではないかと思います。学校6日制についてはこれは自民党の政権公約に入っていることでもありますし、それを実現していくためには何が課題なのか、どれをどう改善していく必要があるのかと言うことを手続き上していく必要があると思いますし、今のご指摘の通り世論の理解はあると思いますので改めて教育再生実行会議で議論していただくテーマではないのではないかというふうに思っておりますが、ただ有識者の方々からご意見が出ればですね、それもテーマに入ってくることもありうる話ではあると思います。
(毎日新聞記者)
 方向性は決まっているのであとは課題を
(下村博文文部科学大臣)
 改めて議論してもらってまた検討しなおす内容ではないと考えてます。

 さて、この問答、単なる人気投票に過ぎないYahoo!ニュースの結果を文部科学大臣は世論とみなして「しっかり受け止めなければならない」「あらゆる人たちの意識」と回答しているのだ。ちょっと待ってよ。そんなの世論調査ではない。日本国民全員をきちんと代表するようにくじなどで回答者を選び(これをランダムサンプリングという)回答してもらうという手順を踏んでいないのに世論を反映しているわけがない。単に答えたい人のなかで賛成が73%になっただけで、わざわざ答える気にならなかった、そもそもそんな調査があること自体知らなかった人の意見はまったく反映されていない。この一点だけでデタラメクズ調査だと断定できる。新聞などの世論調査だって答えたくない人の意見を聞いているわけではないという反論もあろう。だから世論調査の結果を見るときには有効回答率も見る必要があって、これが低いとやはりYahoo!ニュースの人気投票と同じ問題点があることになる。逆にくじ引きで選んだ回答者の有効回答率が高い(60%が目安)調査だとこのような問題点がクリアできる(正確にはこのような問題点の影響を無視できる)。

 毎日新聞記者はどうだかわからないが下村博文文部科学大臣は一応早稲田大学を出ているのだ。このような間違った認識は止めてもらいたいものである。標本調査(世論調査もこの一種)の原理は中学校の数学で習うものなのだ。知らないとの言い訳は許されない。Yahoo!ニュースの調査がどんなものだったのか知らないだけなのかもしれないが回答が9万件集まったという時点で疑ってしかるべきである。中学校3年生で学ぶ標本調査の原理も知らなくても大臣ができるのだから学力低下は大した問題ではないのかもしれない。

テーマ:教育問題 - ジャンル:政治・経済

■「能力がない人がブラック企業で働くのは当たり前」というのは間違いだ

 この記事のテーマは「労働問題」としたが、個別具体的な労働問題を述べたものではないので念のため。個別具体的な労働問題を考えるときの理念を書いたものである。もっともほとんどの人にとっては当たり前のことであるが。
 さて本題。「能力がない人がブラック企業で働くのは当たり前」だとか「ブラック企業が嫌なら転職すればいい、それができないならできない自分を恨め」というのは間違っている。どんな能力の人であっても最低限基本的な権利については保障されるべきだとするのが近代国家のあり方だ。ブラック企業で働くのは最悪の場合死すら招きかねないことである。能力がないならそれでも我慢しろと言うのはこの国のすべての民が持っている生命への権利を無視した暴論である。
 不思議なことになぜかこのことを忘れた人が多いのだよね。能力の低い人が危険に晒されても、基本的な権利を保障されなくても構わないという考えを敷衍していくと低所得の人が危険なほどに放射能で汚染された食物を口にすることになってもかまわないのだから放射能に関する規制を撤廃しようということになる。そんなの誰も賛同しないでしょ?自己責任と切り捨てないでしょ?ところがこれがこと労働問題になると生命や健康を守るための基準である労働基準法が守られなくても誰も文句言わない、文句言った人に対して「能力不足だ」などと非難する。まことにもって不思議でならないのだ。
 こんな「能力がない者はどんな待遇でも仕方ない」とする考えを皮肉ったコピペがあったので以下に紹介する。

分かりやすい格差社会Q&A

Q.貧困者は自己責任ではないか?
A.正解。

あらかじめ予想できた境遇は、努力を怠った自らの責任に他ならない。
一部の貧困者が不法に暴れることは一般的な常識である。
それに備える努力を怠り、通り魔に殺されることは自己責任である。


Q.貧困者は日本に生まれただけでも恵まれているのではないか?
A.正解。

アフリカでは平均寿命が40歳を切る国もあり、死因の殆どが餓死か殺人である。
日本では貧しくとも世界では上位1割に入るほどの裕福な生活ができる。
アフリカ人に比べれば、日本で通り魔に殺された者は恵まれている。


Q.貧困者はお金以外の幸せを見つければ良いのではないか?
A.正解。

価値観の多様化により、経済的な成功が必ずしも幸せには結びつかなくなった。
自らの意思で自らの価値観を変え、幸せを目指すことは人生に充実をもたらす。
通り魔にあった者は「死」「痛み」に幸せを見いだすよう、死ぬまでに価値観を変えれば良い。
(´-`).。oO

 非常に示唆的である。能力がないものがいかにされても構わないという考えを突き詰めると自らを守る能力がない者は殺されても当然だと言うことになる。さて、能力がないものがいかにされても構わないとする皆さん、自分が殺される覚悟はありますか?殺されるのは嫌?「殺されるのが嫌なら自分で自分を守るチカラを身につければいい、それができないならできない自分を恨めばいい」んじゃないですかね。

テーマ:労働問題 - ジャンル:政治・経済

プロフィール

資料屋

Author:資料屋
ブログ名変えた(2011.4.24)。落ち着かないなあ。

月別アーカイブ

FC2カウンター

ブログ内検索

ブロとも申請フォーム

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。