■2012年10月
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■個人情報横流しより重い罰則の違法ダウンロード、さらに児童ポルノ大量配布より著作権侵害のほうが罰則は重い

 この10月1日より著作権を侵害してアップロードされた音楽・動画ファイルをダウンロード(違法ダウンロード)することに罰則規定を課す著作権法改正がなされたが、この改正によって違法ダウンロードに課される罰則、行政機関の職員が個人情報を横流しする行為に課される罰則より重いのだ。まずは違法ダウンロードに課される罰則。著作権法第119条第3項である。

 第三十条第一項に定める私的使用の目的をもつて、有償著作物等(録音され、又は録画された著作物又は実演等(著作権又は著作隣接権の目的となつているものに限る。)であつて、有償で公衆に提供され、又は提示されているもの(その提供又は提示が著作権又は著作隣接権を侵害しないものに限る。)をいう。)の著作権又は著作隣接権を侵害する自動公衆送信(国外で行われる自動公衆送信であつて、国内で行われたとしたならば著作権又は著作隣接権の侵害となるべきものを含む。)を受信して行うデジタル方式の録音又は録画を、自らその事実を知りながら行つて著作権又は著作隣接権を侵害した者は、二年以下の懲役若しくは二百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。

 非常に読みにくい文章だが、とにかく違法ダウンロードに科される罰則が「2年以下の懲役もしくは200万円以下の罰金、またはこの双方」であるということを読み取っていただければ十分である。
 次、行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律(行政機関個人情報保護法)。国の行政機関が保有する個人情報を不当に提供した職員に対する罰則である。

第五十三条  行政機関の職員若しくは職員であった者又は第六条第二項の受託業務に従事している者若しくは従事していた者が、正当な理由がないのに、個人の秘密に属する事項が記録された第二条第四項第一号に係る個人情報ファイル(その全部又は一部を複製し、又は加工したものを含む。)を提供したときは、二年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。
第五十四条  前条に規定する者が、その業務に関して知り得た保有個人情報を自己若しくは第三者の不正な利益を図る目的で提供し、又は盗用したときは、一年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。

 個人の秘密に関する個人情報ファイルを正当な理由なく提供したときにようやく2年以下の懲役か100万円以下の罰金、それ以外の場合はなんと1年以下の懲役か50万円以下の罰金にしかならない。違法ダウンロードの「2年以下の懲役もしくは200万円以下の罰金、またはこの双方」という罰則に比べてずいぶん軽い刑だ。とりあえず金銭契約でけりがつく有償著作物の違法ダウンロードと金銭契約では十分に補償され得ない個人情報の横流し、どちらが大切だと思うのだろうか。立法者は個人情報などレコード業界の利益と比べて大したことはないなどと考えているのではないか、そう思えてすらくる。
 ちなみに、著作権侵害一般は10年以下の懲役若しくは1000万円以下の罰金、またはこれらの併用だが(著作権法第119条)、これは結構重いほうに入る。他の犯罪だと例えば逮捕・監禁が7年以下の懲役だ。個人の人身の自由より著作権ということだ。さらにすごいと思うのは児童ポルノを不特定多数に配布したときの罰則が5年以下の懲役か500万円以下の罰金。他人の著作物で商売するくらいなら何も知らないこどもを騙して性的虐待して商売したほうが刑が軽いというとんでもない話だ。日本ユニセフ協会はもっと怒っていい。児童ポルノ法・行政機関個人情報保護法が軽すぎる刑を定めているのか、それとも著作権法の方が重すぎるのか。筆者は著作権の方が重すぎ、児童ポルノ・行政機関個人情報保護法はやや軽すぎではないかと考えている。
 このように刑罰の重さを比較してみると結構おかしなところがあったりする。これは刑罰を含んだ法が都度都度まちまちに制定されるからだろうと思われるが、それにしても不合理である。
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■【速報】片山さつき先生、生活保護受給者の良性ポリープ治療に否定的見解を示す

 参議院議員・片山さつき氏が次のようなご発言をなさっていた。

 これに対しても数字のトリックなどいろいろ指摘する声があるがそれはさておき、筆者はこれに対して次のような反論を行った。 これに対して片山さつき氏は次のような返答を寄せてくださった。 なんと、氏は生活保護受給者が良性とはいえポリープを治療することに否定的な見方をしているようだ。いったい医学的にはどうなのだろうか。専門家の意見を聞いてみたい。厚生労働省だって支払基金だって伊達に良性ポリープ治療に診療報酬を支払っているわけではなかろう。医学的根拠はそれなりにあるはずだ。どうやら片山さつき氏は医学に対しても挑戦したいご様子。

〔2012.10.3追記〕
 コメント欄に良性ポリープなら医学的に治療の必要がないというコメントを下さった方がいる。私はこのコメントには懐疑的なのだが、仮に良性ポリープには治療の必要はないとしよう。そうしたらそのような治療をさせないようにするには自己負担額の設定ではなく良性ポリープの治療を公的医療保険(あとで詳述するが生活保護で受けられる医療は公的医療保険制度とほとんど同じである)の給付対象からはずすことである。良性ポリープを摘出するのだってれっきとした手術。当然身体に害がないわけではない。しかし医学的にメリットがないという。だったらこれは百害あって一理無しの治療ということになる。そんな被保険者に害を与えるだけの医療行為を公的医療保険の給付対象にしてはならないのが当然ではないか。従って、良性ポリープの治療が無意味だというのならこれを公的医療保険から外すというのが解決策になる。

〔続編〕
生活保護で受けられる医療は健康保険の範囲より若干狭い、また生活扶助で医療費自己負担させるのならば生活扶助の定義を変える必要があるを書いたのでこちらもお読みください。

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■生活保護で受けられる医療は健康保険の範囲より若干狭い、また生活扶助で医療費自己負担させるのならば生活扶助の定義を変える必要がある

 昨日の続き。そもそも生活保護で受けられる医療の方針、及び報酬は国民健康保険とほとんど同じである。このことは生活保護法第52条にはっきりと書いてある。以下引用。

(診療方針及び診療報酬)
第五十二条  指定医療機関の診療方針及び診療報酬は、国民健康保険の診療方針及び診療報酬の例による。
2  前項に規定する診療方針及び診療報酬によることのできないとき、及びこれによることを適当としないときの診療方針及び診療報酬は、厚生労働大臣の定めるところによる。

ちなみにこの二つが同じということは生活保護でカバーされる医療は国民健康保険の範囲と同じということである。そして国民健康保険の診療方針・診療報酬は健康保険のものと同一となっており、結局のところ生活保護における医療は健康保険と同一のものということである。従って、生活保護でできる医療はすべて健康保険でもできる。
 なお、先に挙げた生活保護法第52条第2項が定めるところの生活保護独自の診療方針は「生活保護法第五十二条第二項の規定による診療方針及び診療報酬」(昭和三十四年厚生省告示第125号)という文書にまとまっているが、これに書いてあるのは保険外併用療養費(差額ベッドや高度先進医療)はしない、虫歯のかぶせ物や詰め物に金は使わないといったものであり、いずれも健康保険で認められた範囲を狭めるものであるから先ほどの結論は変わらない。

 生活保護で医療を受ければ自己負担がないからその分医療は受けやすい、不公平だ、生活保護受給者にも自己負担させろという声もある。しかし、これはロジック的におかしなことになる。生活保護法の関係条文をいかに引用するからとりあえずこれを軽く読んで欲しい。詳しくはあとで説明する。

 (基準及び程度の原則)
第八条  保護は、厚生労働大臣の定める基準により測定した要保護者の需要を基とし、そのうち、その者の金銭又は物品で満たすことのできない不足分を補う程度において行うものとする。
2  前項の基準は、要保護者の年齢別、性別、世帯構成別、所在地域別その他保護の種類に応じて必要な事情を考慮した最低限度の生活の需要を満たすに十分なものであつて、且つ、これをこえないものでなければならない。

 (生活扶助)
第十二条  生活扶助は、困窮のため最低限度の生活を維持することのできない者に対して、左に掲げる事項の範囲内において行われる。
一  衣食その他日常生活の需要を満たすために必要なもの
二  移送

 (医療扶助)
第十五条  医療扶助は、困窮のため最低限度の生活を維持することのできない者に対して、左に掲げる事項の範囲内において行われる。
一  診察
二  薬剤又は治療材料
三  医学的処置、手術及びその他の治療並びに施術
四  居宅における療養上の管理及びその療養に伴う世話その他の看護
五  病院又は診療所への入院及びその療養に伴う世話その他の看護
六  移送

 さて、これらの条文によれば生活扶助の範囲は「衣食その他日常生活の需要を満たすために必要なもの」「移送」について「最低限度の生活の需要を満たすに十分なものであつて、且つ、これをこえない」範囲でなされるものである。そして診察などは医療扶助として別個にカバーすることになっている。そう、生活扶助費には診察などの費用は含まれていないのだ。対象となっていない費用を支出するのは目的外使用。生活扶助費で海外旅行に行ったりするのと性質としては同様のことである。
 このことが端的に現れるのは入院患者の場合だろう。一ヶ月以上の入院をすれば一般の生活扶助は打ち切り。入院患者日用品費として23,150円以内が支給されるのみとなる。入院してしまえば食費もかからなくなるので生活扶助の需要は日用品を除いてなくなる、だから日用品費を支出するの他は生活扶助を支給しないということだ。これを見れば生活扶助はあくまでも日常生活費の需要に対応したものであることがお分かりいただけるだろう。
 そして、あくまでも日常生活費の需要に対応したものでしかない生活扶助から医療費自己負担を支出させるのはロジックとして間違いであることもお分かりいただけると思う。現実的な問題として入院患者日用品費からどうやって入院費自己負担を払わせるというのだろうか。
 さて、理念はわかった、でも現実は医療費を負担できるだけの額になっているとお考えになる方もいらっしゃることだろう。だがその場合になすべきなのは生活扶助の減額であって医療費の自己負担ではない。医療費を負担できるほどの生活扶助はすでに衣食その他日常生活の需要を満たす以上の額となっているのだから扶助費の減額というのがロジックから導かれる結論である。外来治療を受けている人間の日常生活需要が少なくそうでない人間の日常生活需要が多いということはないのだから。
 それでも現行法など改正して生活扶助から医療費を負担させたいとお考えの方もいらっしゃることと思う。法律は不磨の大典ではないから必要とあらば改正するのは当然である。生活扶助費から医療費一部負担を求めるとしたらどのような法改正が必要か、私見を述べる。生活扶助から医療費一部負担を求めることの障害となっているのが日常生活の需要を満たすのに十分かつこれを超えないようにという規定であるから、これを改正すればいいのだ。例えば一般家庭の消費支出の69%の額の現金を保障するという規定に変えることが考えられる(実際に現行生活扶助基準は一般家庭の消費支出の7割弱というのが目安になっている)。こうすれば日常生活の需要という枠は外れるから、医療費自己負担を求めることができるようになる。しかし、その場合、生活扶助費の使い道に制約を加えることは一切不可能となる。日常生活の需要という枠が外れるのだからこれは当然の帰結である。果たして、あなたは生活扶助費を全額パチンコに費やすことを承服できるだろうか?改革というのは難しいものなのだ。

テーマ:生活保護 - ジャンル:政治・経済

■被曝の害について考えるときに「がん治療技術(検査技術ではない)の進歩」をあわせて考えろとのたまう人

 …こういうことを平気で言っちゃう人がいるんだよなあ。がん治療は進歩しているんだからがんになっても問題ないとか言っちゃってるようなものではないか。

 なお、放射脳批判派にはこのほかに「発電の多様化には賛成だが、その中に原発は絶対残すべきだ。」という発言や「「日本は地震が多いからダメ」も通用しない。地震への短期的対策は終了していて長期的対策もすぐに始まる。特に日本の耐震技術は優れていて、この技術を否定する事は日本の新しい建造物を否定するのと同じなんだよ。」などという発言で放射脳批判を超えて原発賛美に走ったり「平成22年の熱中症起因死亡者は1718人。これで乗り切ったと言うのか。むしろ危機的状況だと思わないのか。やっぱりお前ら頭おかしいよ。」などと言ったり「俺は節電しない。この夏もエアコンをガンガン使う。大体ね、アジアトップの先進国がエアコンも使えずに熱中症で死亡なんておかしいだろ。「節電しないと成り立たない先進国」とかありえない。電気を自由に使えるからこそ先進国なんだよ。」などと言ったりして原発賛美の範疇すら超えた発言をする者もいる。放射脳を批判しているからと理性ある者という判断はできなくなったということだ。

テーマ:放射脳 - ジャンル:政治・経済

■宮本顕治議長宅盗聴事件民事第一審判決

 宮本顕治宅盗聴事件の第一審判決文である。本文は「続きを読む」からご覧ください。
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■お詫びと訂正

 このブログの記事の「@ryoumax氏のやってることは単なる信仰告白、恫喝だよね」という記事に@ryoumax氏と「正しい放射能情報を【見つけるため】のサイト」の運営者に関係があるかのような誤解を招く記述がありました。そのため、本日付で大幅に改稿しました。なお、「正しい放射能情報を【見つけるため】のサイト」の運営者の方にはここでお詫びして訂正させていただきたく存じます。

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■生活保護を利用する外国人は国民年金の法定免除の対象から外すと日本年金機構、では彼らが受け取るお金はいったいなんなのか

 生活保護のうち生活扶助を利用する人は国民年金の保険料が法定免除になっている。しかし、日本年金機構は生活保護制度による生活扶助の利用者のうち外国人については生活保護法の本来の対象から外れているので法定免除も適用外にするとした。とりあえずこの法定免除はどのような条文を根拠に施行されているのか。国民年金法の条文を引用する。

第八十九条  被保険者(第九十条の二第一項から第三項までの規定の適用を受ける被保険者を除く。)が次の各号のいずれかに該当するに至つたときは、その該当するに至つた日の属する月の前月からこれに該当しなくなる日の属する月までの期間に係る保険料は、既に納付されたもの及び第九十三条第一項の規定により前納されたものを除き、納付することを要しない。
一  障害基礎年金又は被用者年金各法に基づく障害を支給事由とする年金たる給付その他の障害を支給事由とする給付であつて政令で定めるものの受給権者(最後に厚生年金保険法第四十七条第二項 に規定する障害等級に該当する程度の障害の状態(以下この号において「障害状態」という。)に該当しなくなつた日から起算して障害状態に該当することなく三年を経過した障害基礎年金の受給権者(現に障害状態に該当しない者に限る。)その他の政令で定める者を除く。)であるとき。
二  生活保護法 (昭和二十五年法律第百四十四号)による生活扶助その他の援助であつて厚生労働省令で定めるものを受けるとき。
三  前二号に掲げるもののほか、厚生労働省令で定める施設に入所しているとき。

 例によって例のごとく条文というのはわかりにくいが、「生活保護法 (昭和二十五年法律第百四十四号)による生活扶助その他の援助であつて厚生労働省令で定めるものを受けるとき」に「保険料は…納付することを要しない」というのが今回の記事で必要になる部分である。
 さて、今見たように生活保護法による生活扶助を利用している人については保険料を納付しなくていいとしている。しかし、日本年金機構は外国人については生活保護法の対象外なのでこの保険料を納付しなくていいとする規定の対象外という見解を示した。すなわち、外国人が生活保護として受け取っているお金は生活保護ではないということになる。では一体なんなのか。日本年金機構さんには是非ともわかりやすくわかりやすく教えて欲しいものである。

 さて、外国人が生活保護の申請をして受け取ったお金は生活保護ではない、生活保護以外の何かだとしよう。この場合、生活保護制度に備わっている規定は当然には適用されないこととなろう。だって彼らには行政の措置で生活保護に準じて補助をしているに過ぎないということになるのだから。それでも行政と利用者との契約という形で生活保護法のほとんどの規定を準用することが可能だが、それでも契約では準用できない規定もある。以下に例示しよう。

1.外国人利用者については保護の実施期間の調査権の範囲外になる
 生活保護法は保護の実施機関に保護の実施に必要な限りにおいて調査権を認めている(生活保護法第28条)。しかし、外国人が受けるのは生活保護法が言うところの保護ではないのでこの調査権の範囲外ということになる。国から何らかの補助を受けるもののすべてがこの生活保護法第28条の対象になるのではなく生活保護法による保護を受けるものだけがこの調査権の対象になるということから導かれる結論である。

2.外国人利用者の扶養義務者に対して保護の実施機関が扶養の申し立てをすることはできない
 保護の実施機関は生活保護利用者の扶養義務者に対して費用を負担するよう家庭裁判所に審判を申し立てることができる(生活保護法第77条)。しかし、これは生活保護法による保護を受けている者についてのみ適用されるので生活保護法による保護を受けているのではない外国人については適用外ということになる。契約で第三者に扶養の申し立てをさせることができないのだからこれまた当然である。

 とまあこのような課題も生じるわけだが、厚生労働省と日本年金機構は考慮したのだろうか。

 ところで、この法定免除から除外されることによって生活保護の利用者である外国人は低所得者向けの一般の申請免除を利用するしかなくなる。これで従来なら保険料を払わなくてよかったところが保険料を払わなければならなくなる可能性が出てきた。これは比較的簡単にわかるだろう。だがもう一つ、他にも問題がある。申請免除は申請も免除の要件なので、申請がなければ免除にならないのだ。えっ、法定免除だって申請してるけれど、申請がなければ免除にならないのは同じじゃないの?とお考えになられる方もいらっしゃるかもしれないが先に挙げた国民年金法第89条には申請の文字はない。そもそも法定免除を受けるのに必要なのは申請ですらなく単なる届出でしかない。法定免除の要件に該当したことを知らせる程度の意味しかない手続きだ。もっとも、法定免除該当者でも年金保険料を納めている方もいらっしゃるがこれは届出をしていないのでその事実をつかむことができない、だから見て見ぬふりをして保険料を受け取っている、そういう運用なのだ。念のために申請免除の根拠条文も提示してみよう。

第九十条  次の各号のいずれかに該当する被保険者又は被保険者であつた者(次条及び第九十条の三において「被保険者等」という。)から申請があつたときは、厚生労働大臣は、その指定する期間(次条第一項から第三項までの規定の適用を受ける期間又は学校教育法 (昭和二十二年法律第二十六号)第五十条 に規定する高等学校の生徒、同法第八十三条 に規定する大学の学生その他の生徒若しくは学生であつて政令で定めるもの(以下「学生等」という。)である期間若しくは学生等であつた期間を除く。)に係る保険料につき、既に納付されたもの及び第九十三条第一項の規定により前納されたものを除き、これを納付することを要しないものとし、申請のあつた日以後、当該保険料に係る期間を第五条第四項に規定する保険料全額免除期間(第九十四条第一項の規定により追納が行われた場合にあつては、当該追納に係る期間を除く。)に算入することができる。ただし、世帯主又は配偶者のいずれかが次の各号のいずれにも該当しないときは、この限りでない。〔以下略〕

 「申請があったときは…保険料につき…これを納付することを要しないものとし」とある。ここに法定免除との決定的な違いがある。法定免除は申請があってもなくても自動的に免除、申請免除は申請があって初めて免除になる。この違いが顕著に出てくるのはいつまで免除をさかのぼれるか。法定免除は要件に該当する限り自動的に免除なので要件が該当する限りいくらでもさかのぼって適用になる。一方、申請免除については申請があって初めて免除になるので申請後の保険料しか免除にならない。もっとも申請直前の7月まではさかのぼれるという規定が整備されたので申請直前の7月まではさかのぼることができるのだが。それにしたってこれは大きな違いである。

テーマ:生活保護 - ジャンル:政治・経済

■池田大作の顕彰・2012年10月~12月

 2012年10月~12月の聖教新聞に第一報が掲載された池田大作が受けた顕彰の一覧である。凡例はこちらodbデータベース形式csvファイル形式(いずれもGoogleドキュメントへのリンク)でも公開しているので利用されたい。

聖教掲載年月日 2012.10.7
受賞年月日 2012.10.6
国名 ボリビア
授与機関名 ボリビア科学アカデミー
授与機関種別 学術機関
授与顕彰 その他の称号
授与顕彰名 在外会員
聖教掲載面 1面~3面
備考 2012.9.28付け聖教1面に決定通知の掲載あり

聖教掲載年月日 2012.10.18
受賞年月日 2012.9.26
国名 アメリカ
授与機関名 クールバレー市
授与機関種別 地方政府
授与顕彰 名誉住民
授与顕彰名 名誉市民
聖教掲載面 1面

聖教掲載年月日 2012.10.22
受賞年月日 2012.10.11
国名 ボリビア
授与機関名 コビハ市
授与機関種別 地方政府
授与顕彰 その他の称号
授与顕彰名 最高賓客
聖教掲載面 1面~2面

聖教掲載年月日 2012.10.24
受賞年月日 2012.10.23
国名 インドネシア
授与機関名 ブタウィ文化協会
授与機関種別 団体
授与顕彰 その他の称号
授与顕彰名 名誉文化人最高顕彰
聖教掲載面 1面

聖教掲載年月日 2012.10.25
受賞年月日 2012.10.24
国名 カザフスタン
授与機関名 カザフ民族大学
授与機関種別 国立大学
授与顕彰 名誉教授
聖教掲載面 1面、3面

聖教掲載年月日 2012.10.27
受賞年月日 2012.10.25
国名 中国
授与機関名 上海杉達学院
授与機関種別 私立大学
授与顕彰 その他の称号
授与顕彰名 最高顧問
聖教掲載面 1面~2面

聖教掲載年月日 2012.10.28
受賞年月日 2012.10.13
国名 アルゼンチン
授与機関名 チポレッティ市
授与機関種別 地方政府
授与顕彰 名誉住民
授与顕彰名 名誉市民
聖教掲載面 1面

聖教掲載年月日 2012.10.29
受賞年月日 2012.10.23
国名 韓国
授与機関名 沙下区
授与機関種別 地方政府
授与顕彰 名誉住民
授与顕彰名 名誉区民
聖教掲載面 1面

聖教掲載年月日 2012.11.3
受賞年月日 2012.10.13
国名 アルゼンチン
授与機関名 セニジョサ市
授与機関種別 地方政府
授与顕彰 名誉住民
授与顕彰名 名誉市民
聖教掲載面 1面

聖教掲載年月日 2012.11.16
受賞年月日 2012.11.5
国名 ブラジル
授与機関名 ジアデマ市
授与機関種別 地方政府
授与顕彰 顕彰状
聖教掲載面 1面

聖教掲載年月日 2012.11.18
受賞年月日 2012.11.17
国名 モンゴル
授与機関名 モンゴル文化詩歌アカデミー
授与機関種別 団体
授与顕彰 その他の称号
授与顕彰名 詩の金星
聖教掲載面 1面~3面

聖教掲載年月日 2012.11.23
受賞年月日 2012.11.17
国名 ボリビア
授与機関名 下院
授与機関種別 国会
授与顕彰 その他の称号
授与顕彰名 国民功労賞
聖教掲載面 1面~2面

聖教掲載年月日 2012.12.1
受賞年月日 2012.11.25
国名 フィリピン
授与機関名 リサール協会
授与機関種別 団体
授与顕彰 その他の称号
授与顕彰名 ゴールデンハート賞
聖教掲載面 1面~2面

聖教掲載年月日 2012.12.4
受賞年月日 2012.11.28
国名 ベネズエラ
授与機関名 タチラ実践大学
授与機関種別 国立大学
授与顕彰 名誉博士
聖教掲載面 1面~3面
備考 2012.10.30付け聖教1面に決定通知の掲載あり

聖教掲載年月日 2012.12.7
受賞年月日 2012.11.16
国名 アルゼンチン
授与機関名 ウエルタグランデ市
授与機関種別 地方政府
授与顕彰 その他の称号
授与顕彰名 最高賓客
聖教掲載面 1面~3面

聖教掲載年月日 2012.12.7
受賞年月日 2012.11.13
国名 台湾
授与機関名 中州科技大学
授与機関種別 私立大学
授与顕彰 感謝状
聖教掲載面 2面

聖教掲載年月日 2012.12.8
受賞年月日 2012.11.28
国名 ブラジル
授与機関名 エスピリトサント州
授与機関種別 地方政府
授与顕彰 名誉住民
授与顕彰名 名誉市民
聖教掲載面 1面

聖教掲載年月日 2012.12.13
受賞年月日 2012.11.16
国名 アルゼンチン
授与機関名 ビジャアジェンデ市
授与機関種別 地方政府
授与顕彰 その他の称号
授与顕彰名 「卓越した人物」証
聖教掲載面 1面

聖教掲載年月日 2012.12.14
受賞年月日 2012.11.28
国名 ブラジル
授与機関名 テレゾポリス市
授与機関種別 地方政府
授与顕彰 名誉住民
授与顕彰名 名誉市民
聖教掲載面 1面

聖教掲載年月日 2012.12.16
受賞年月日 2012.11.30
国名 ブラジル
授与機関名 ベロオリゾンテ市
授与機関種別 地方政府
授与顕彰 その他の称号
授与顕彰名 功労賞
聖教掲載面 1面

聖教掲載年月日 2012.12.23
受賞年月日 2012.12.16
国名 韓国
授与機関名 国際ペン韓国本部
授与機関種別 団体
授与顕彰 その他の称号
授与顕彰名 特別顕彰牌
聖教掲載面 1面

聖教掲載年月日 2012.12.24
受賞年月日 2012.12.12
国名 ブラジル
授与機関名 ペナポリス市
授与機関種別 地方政府
授与顕彰 名誉住民
授与顕彰名 名誉市民
聖教掲載面 1面

聖教掲載年月日 2012.12.24
受賞年月日 2012.12.12
国名 ブラジル
授与機関名 ペナポリス市長・副市長
授与機関種別 地方政府
授与顕彰 顕彰状
聖教掲載面 1面

聖教掲載年月日 2012.12.27
受賞年月日 2012.12.11
国名 韓国
授与機関名 仁川広域市
授与機関種別 地方政府
授与顕彰 その他の称号
授与顕彰名 特別顕彰牌
聖教掲載面 1面

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■【togetter生活保護論議反省記】生活保護議論に必要な社会契約の最低限の知識

 先週末から今週前半にかけて「生活保護基準引き下げ」により何が変わる?→みんなが影響を受ける。 - Togetterのコメント欄で主にqquppa氏、及びhiandlow73氏の両氏と生活保護について議論をした。この議論は最後までかみ合わず、結局物別れに終わったのだが、議論を終えてある程度時間がたって振り返ると気付くものがあった。それを二回に分けて掲載する。一回目である今回は生活保護議論に求められる社会契約の知識と題して主に原理原則面の話をする。

 この議論のさなか、私は「あなたが今すぐに受け入れられるギリギリのレベルこそが生活保障として認められるべき水準と言えるでしょう」と述べたのだが、これに対してhiandlow73氏は「前にどこかにも書いたが、「あなたがその立場になったらどうするの?」という反論は大嫌い。「その立場になったら受け入れるよ」と言ったら、納得するの?違うでしょ。」と返した。しかし、自分が同じ立場になったらどうなのかという問いは社会保障制度を考える上で、そしてこの社会のあらゆる制度を考える上できわめて重要な問いなのだ。大いなる難しさはあるにしても真っ先に取り組まれなければならない問いなのである。
 説明しよう。我々は今現在国家を営み、社会を営んでいる。これは、社会というものを営むことによって社会を営まないよりもよりマシな生活を得るためなのである。これを実現するために政府というものを設け、政治に当たらせている。これがいわゆる社会契約説というものである(ただしあまりにも荒すぎる説明だ)。憲法も民主主義もすべてこの理論から生み出されたものである。近代社会を支えるきわめて重要な理念だ。さらにこの社会契約という考え方を推し進めると次のことが言える。社会の成員すべてが社会の中でどのような立場になるのかは選べない。低所得になるか高所得になるか、障碍を持って生まれるか、あるいは何らの障碍をも持たずに生まれるか、それは選べない。今障碍を持っていないあなただってもしかしたら障碍を持って生まれたかもしれない。つまり、どのような立場になるのかは端的に言って「わからない」。そこで、そもそもどのような立場になるのかわからない状態だとして、その状態で新しく社会をつくるに当たってどんな制度などを選択するか、そこで出た答えがあるべき制度というわけである。ここから「自分が同じ立場になったときに受け入れられるギリギリの生活」というのがあるべき制度だという答えが出る。ここまで回りくどい言葉で説明してきたが、要するに「明日はわが身」ということである。

 さて、この説明を踏まえて先ほどのhiandlow73氏の「前にどこかにも書いたが、「あなたがその立場になったらどうするの?」という反論は大嫌い」という考えをみてみよう。このような考え方は社会契約というこの社会を支える重要な理念に背くものであり、とうてい「「その立場になったら受け入れるよ」と言ったら、納得するの?違うでしょ」という技術的な問いでは正当化できないものなのだ。「明日はわが身」というのを無視した無責任な論と言うほかない。たまたまの結果に対して責任を問うようなものである。これは、「ゼロから何かを得るためには、何らかの犠牲は甘受すべき」とする氏の論理についても同様に妥当する。たまたまの結果税金を払えない状況にあるものが権利を得るためには犠牲を払わなければならないとするものだが、これももちろんたまたまの結果に対して責任を問うものであるから誤りである。もっとも、たまたまの結果高所得者になった者と低所得者になったものとでは生活水準はおのずから違ってくるのだが、これと基本的な権利・自由についてまで制限すべきとはならない。高所得者になるかもしれないという可能性を考えれば高所得者の権利を制限しすぎてはならないし低所得者になるかもしれないという可能性を考えれば基本的な権利を失わせることはできないからだ。
 つづけてqquppa氏の論についても検討をする。氏は、「不作為は人権侵害ではないとするならば、あなたに対しては介入しないと政府が決定した結果あなたの財産は得た横からことごとく奪われ、労働基準法無視の条件下で働かされ、教育すら受けることができず、選挙の投票すらできず、最後は殺されたとしても政府に責任はないとしますね?」という私の問いに対して「当然です。国が違憲にならない形で法律を制定したうえでそれを実施したなら、従うまでです。」と返している。さて、それでは社会契約はいったい何のために結んだのだろうか。それなら社会契約など必要ないではないか。これすなわち無政府状態の肯定であり、近代社会に生きる我々にとっては到底受け入れられないものである。
 なお、qquppa氏は政府の介入がない状態と比べてマシならばそれは肯定されるとしているが、これも間違いである。我々は社会契約を結ぶとき、「社会契約前の状態よりも少しだけマシならばその先はいらない」という契約をしたのではないからである。あくまでも比較すべきはどのような状態になるのかわからない状態での合意。その合意線よりも下ならばやはり肯定してはならないのである。

〔追記〕
 後編は【togetter生活保護論議反省記】「生活保護基準引き下げによって広く生活保護が行き渡るようにできる」は本当かとしてまとめた。

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■【togetter生活保護論議反省記】「生活保護基準引き下げによって広く生活保護が行き渡るようにできる」は本当か

 先週末から今週にかけて「生活保護基準引き下げ」により何が変わる?→みんなが影響を受ける。 - Togetterのコメント欄で主にqquppa氏、及びhiandlow73氏の両氏と行った議論の後から振り返って気付いたことを記していく第二回。今回は主に現実面での問題を述べていく。なお、前編は【togetter生活保護論議反省記】生活保護議論に必要な社会契約の最低限の知識をお読みいただきたい。

 qquppa氏は、生活保護制度を施設収容の上刑務所レベルの衣食住を提供するのみの制度に変えるべきだと述べていた。その理由として氏は「生活保護制度として貧民救済施設を導入すれば、残りの8割の人も含めて困ったら誰でも申請・審査なしに利用できる」ということを述べていた。今現在の生活保護は審査が厳しすぎて困っている人すべてに行き渡らない、だが施設収容型保護にすれば審査をなくせるので今よりも広く行き渡る、そういう趣旨である。だが、これは間違いである。施設収容型保護は、衣食住の最低限も賄えない人以外には何らのメリットもない、利用する価値がない制度になるのだ。現在生活保護基準以下ながら生活保護を受けずに暮らしている人たちはそれが健康で文化的とは言えないながらも最低限の衣食住は何とかなっている。そうでなければ餓死している。それにある程度の自由も保持している。そんな人たちがあえて今までの生活を投げ捨てて施設に入ることで生活は改善されず、むしろ生活環境は悪化するだけである。そんな人たちがあえて施設収容型保護を受けるメリットなどどこにもない。ただ単に制度上誰でも受けられるというだけで何の支援にもならない。実質上現在の保護制度よりも高いハードルを課すだけの結果にしかならないのだ。また、施設収容型保護にすることで審査をなくせるからストレスフリーになるとしているが、施設収容そのものが重大なストレスとなり、現在の審査よりも高いハードルとなる。従って、施設収容型保護にすることで広く行き渡るようになるというのは誤りである。
 これは、広く生活保護基準引き下げ一般に対しても妥当する。確かに、生活保護基準引き下げによって一人当たりの予算額は少なくなり、同じ予算額でも多くの利用者にサービスを提供することができるようになる。だが、引き下げによって従来ならば生活保護対象だったのが引き下げ後は対象ではなくなる利用者もいるのだ。であるから、生活保護基準引き下げによって広く行き渡るようになるという結論を一律に導き出すことはできない。このような結論が導き出せるのは、生活保護に当てる予算が一定である場合で、生活保護基準引き下げによって新たに対象者でなくなる人の数よりも生活保護基準引き下げによって一人当たり予算が下がった結果として新たに受けられるようになった人の数が多い場合のみである。

 続いて、qquppa氏は、海外臓器移植に健康保険から給付が出ない、命のための給付すら出さなくていいのだから政府が何らかの給付をする義務は存在しないと主張する。だが、これも間違いである。健康保険制度で提供される医療は質が確保されたものでなければならない。質を確保できない医療に公的制度から給付を出すわけには行かないのだ。質を確保するために健康保険制度では数々の条件を設けている。その条件が療養担当規則や診療報酬点数表である。これらの条件に服することを承諾して指定を受けた医療機関である保険医療機関で医療を受けることを日本の公的医療保障制度では前提としている。医療機関と患者の契約によっていかようにも医療の内容が決められる自由診療とはこの点で異なるものがある。さて、このような枠組みで公的医療制度は医療を提供しているのであるが、外国での医療はどうか。まず保険医療機関指定は外国の医療機関に対してはできない。それは、保険医療機関指定は行政権の作用の一つであり、そして日本国政府の行政権の作動は日本国内に限られるからである。qquppa氏は外国政府が妨げないのだから給付をしない理由はないとしているが、日本国政府が日本国内並みに行政機関を設置し、行政権を発動し、そして法律を執行すればどこの国も内政干渉として問題視するのは火を見るより明らかである。従って、日本国政府が外国において日本国内並みの監督を行うことはできず、日本国内並みの質を確保することはできない。よって、質が確保できない医療となるのだからこれを給付の対象とすることはできないのだ。
 また、日本国政府が権利を確保すべきなのは原則的に日本国内に限られる。日本国外において行政サービスを提供する義務はないし、またしてはならないのだ。日本国憲法は日本国内においてのみ施行されており、日本国外では施行されていないことがこれを裏付けている。

 なお、氏は、生活困窮者に衣食住の自由を与えなかったとしてももともとそんな自由はなかったのだから衣食住の自由を奪ったことにはならないとしているが、そもそも生存権は政府の施策を受ける権利という趣旨を持つものであって、政府が施策を発動しないのならばこのような権利が奪われているということである。

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