FC2ブログ
ヘッドライン

■「トランス女性を女性スペースにいれたら犯罪増える」は憎悪煽動だ!ラジオを切れ!

 TERFのツイートを冷静に見られるようになって、まるで熱病から覚めたかのようにかつての差別言動を反省している。反省している身から、とにかく呼びかける。
「トランス女性を受け入れたら犯罪が増える」は憎悪煽動だ!
とにかくTwitterから離れろ!ラジオを切れ!


 以上、「ホテル・ルワンダ」のワンシーンのような叫びを。

参考
スポンサーサイト

テーマ:時事ネタ - ジャンル:ニュース

■トランス女性「だけ」を疑った私の過ち

 昨日の記事でも書いたが、私はトランス女性の方々に対してとんでもない差別的な思考を持っていた。そのことを反省して、改めて総括したい。
 私が当初抱いた違和感は、次の三段論法に対するものであった。

女性=女性が安全に裸を晒せる相手
トランス女性=女性
よって
トランス女性=女性が安全に裸を晒せる相手

 この三段論法は、私が考える限り、論理的には何の瑕疵もないものである。ところが、これに対して違和感を抱いてしまった。その理由は多々あるが、一言で言えばトランス女性に対する不当な差別意識である。次のような三段論法には、私は何の違和感も感じずにいたのだからその差別意識は間違いないものである。

女性=女性が安全に裸を晒せる相手
シス女性=女性
よって
シス女性=女性が安全に裸を晒せる相手

 ところが、これらの三段論法の前提がすでに幻であったことに気づかなかった。だからこそエミコヤマ氏の次のようなツイートに違和感を感じても、それをトランス女性「だけ」への偏見に向けてしまったのである。
 私がよって立つべき前提は「女性=女性が必ずしも安全に裸を晒せる相手ではない」とするものであった。この前提は、シス女性が盗撮事件を引き起こしたことでも裏付けられていることである。従って、次のような三段論法が成り立つことになる。

女性=女性が必ずしも安全に裸を晒せる相手ではない
シス女性=女性
よって
シス女性=女性が必ずしも安全に裸を晒せる相手ではない

 これと同じように

女性=女性が必ずしも安全に裸を晒せる相手ではない
トランス女性=女性
よって
トランス女性=女性が必ずしも安全に裸を晒せる相手ではない

 ももちろん成り立つ。エミコヤマ氏のツイートを、犯罪が起こってから捕まえればいい、事前に何か処置するのはすべて差別だと主張していると曲解したのが問題であった。
 さらに、Twitterのごく一部を見て、トランスジェンダー当事者が女湯に入るのも正当だと主張していると勘違いしたのも大きな過ちであった。現実のトランス当事者は、現状では女湯に入りたいと考えてはいない。
 私は将来的な希望と現状での対応を混同していた。ただ、将来的な希望には、私も深く賛同する者である。その希望は、個室化・個別化によって実現されるのが望ましいと考えているが。それはこれからの議論によることであろう。
 改めて確認しておきたい。これからの展望として、トランス当事者が気兼ねなく温泉などに入れる環境の構築は絶対に必要だ。そのような環境をどう実現するかの議論はこれからゆっくりなされるべきである。だが、現状でトランス当事者が女湯に入りたがっているがごとき風説をもとにあれこれ論じるのは差別である。私の意図はどうであれ、環境改善の話と現状の話を混同する書き方になったのは不徳の致すところである。

 ここに、すべてのトランスジェンダー当事者にお詫びするとともに、個人の尊厳・個人のプライバシーが守られる環境の構築に向けて微力ながら努力していくことを決意する所存であります。
 この度は、本当に申し訳ございませんでした。

テーマ:時事ネタ - ジャンル:ニュース

■本当に怖がるべきは「トランス女性」ではなく「見知らぬ他人」~前提がおかしければ結論もおかしになる

 当初は「風呂やトイレの話は別だよね」という前提があったはずのトランス当事者をめぐる議論。エスカレートするうちにどんどん議論は先鋭化した。
 「トランス女性を公衆トイレで女性と扱わないのはトランス排除」(https://twitter.com/alekshintarou/status/1117711574540505088)と述べる人も現れた。わかる。わかるのだけれど、何か違和感がある。
 次のようなツイートを見ると、さらに違和感が増した。

 これも、何かがおかしい気がした。
 さっさと結論を述べると、つまり、見知らぬ他人こそが脅威なのである。そこに、トランス当事者であるかは関係ない。風呂やトイレのようにプライバシーをあからさまにする場所について、「トランス女性も女性なのだから、信頼しようね」対「トランス女性を女性と認めず排除する」との対立軸でしか語られてこなかったのがあれこれおかしなことになっているのだ。「女性だから信頼していいわけではない」とする意見は(少なくとも私が見た範囲では)見当たらなかった。トランス女性「だけ」を信用しないのは明らかにトランス女性を不当に差別しているのはその通り。シスだろうとトランスだろうと、性別だけで信用などできない。
 これまでは、たまたま性別だけを根拠に他人を信頼するシステムを半ば無理やり動かしてきたが、今回の問題提起をきっかけに、そのようなシステムを動かし続けることが無理であることを改めて確認したい。まして、男女に明確な境目があるなんてのは幻であることが判明したのである。かつて、(おそらくは)シス女性である人間が、女性用脱衣場を盗撮する事案が報じられたことがあった。このような一件がある以上、「女性だから」と信頼することを強いるシステムは持続不可能である。そのことを「トランスジェンダー女性」が可視化されて初めて述べるのは遅きに失したうえに、差別的ですらある。もともと、「女性」というカテゴリーだけで見知らぬ他人を信頼してプライバシーをさらけ出すのに無理があった。
 エミコヤマ氏のツイートは、その無理があるシステムを引き続き存続させることを前提にしているから、違和感を感じるのだ。
 一方、TERFもその無理があるシステムを動かし続けることを前提に、トランスジェンダーは認定を受けろだとか認定を受けたしるしをつけておけだとかこれまた暴論を吐いている。
 いずれの結論も、誤りである。双方の結論は、先に述べた無理があるシステムを動かし続ける前提から導き出されたものだ。前提が間違っていれば、結論もおかしくなる。
 本当に正しい結論は「見知らぬ他人は性別問わずプライバシーをさらけ出せるほどには信頼できない」である。
 そのような結論に対応した策は、個人のプライバシーをとことんまで尊重した施設の設計だ。具体的には脱衣場やトイレなどを完全個室にすることなどが求められる。

テーマ:時事ネタ - ジャンル:ニュース

■オリンピック商業化・ファミマ子ども食堂

 日本オリンピック委員会の知的財産ガイドラインに「スポンサー様以外がオリンピックで儲けるのを一切許さないのは何事か」という反発がある。私はそれを見て「今更何を言っているんだろう、この人たちは」という感想しか持たなかった。企業は慈善団体じゃないんだから、自社の利益追求を第一に考えるのは当然のこと。当然、利益追求目的でオリンピックに資金を出す企業だってあるわけで。日本オリンピック委員会がそういった企業の権益を保護しようとするのもこれまた当然のことだ。
 企業が資金を出してくれることによって、オリンピックはここまで巨大化した。そのおかげで私たちは様々な競技の観戦を楽しむことができるようになっている。結構なことではないか。スポンサー企業がその対価を求めるのも当然のことだ。だからこそ「今更何を言っているんだろう、この人たちは」という感想を抱くわけだ。

 さて、そのことを踏まえてのファミマ子ども食堂。藤田孝典氏が営利企業による子ども食堂運営に危惧する意見を発していたが、それに対して「営利企業が社会貢献をして何が悪い」とまあ猛反発を受けている。企業が参入することでより多くの児童が救われるのだから結構なことではないか、と。あれ?これ、オリンピック商業化の経緯と重なるぞ?デジャヴ?今のところ、ファミマ子ども食堂がどういう展開を見せるのかはわからないが、露骨に商業化が進められてもそれは営利企業として当然のことで、それに文句を言う筋合いはない。企業の社会貢献だなどと手放しで喜んでいた人が子ども食堂の商業化を目にして梯子外されても「今更何言っているんだか」としか言いようがない。私たちはすでに「アマチュアスポーツの祭典」のはずだったオリンピックが営利企業の手に渡る過程を見てきたはずだ。それを見ていながら「企業の社会貢献」なんてのをナイーブに信じる方がおかしいのである。

 とはいえ、ファミリーマートが児童に食事を安価で提供する試みが必ずしも悪いわけでもない。営利目的の活動であるとちゃんと目的を設定したうえで、プロモーション活動として位置付けるならいいのではなかろうか。もっとも、プロモーション活動に子ども食堂の名を冠するのはお止めいただきたいが。プロモーション活動として行うのならまっとうな営利企業の活動であるから、何も文句言わない。変に慈善事業だなんて顔をするからいけないのであって、広告宣伝活動なら何も悪いことはない。

テーマ:時事ネタ - ジャンル:ニュース

■新宿区は副都心を抱える自治体としての責任を放棄している

 東京都新宿区がこれまでデモの出発地としての使用を認めていた柏木公園、花園西公園、西戸山公園について2018年8月からデモの出発地としての使用を認めないこととした。新宿区は「ヘイト対策」としているが、これはいかがなものかと考える。デモ一般についてと、ヘイトデモについてそれぞれ論じる。

1.デモ一般について
 ご存知の通り、新宿は東京都の副都心の一つだ。新宿駅西側の高層ビル街だけではなく、東側も業務機能が高度に集積している。都市計画上も、新宿駅を中心としたかなり広い範囲が「商業地域」に指定されている。新宿駅から連なる商業地域の中に柏木公園、花園西公園は位置している。まぎれもなく「副都心」の中なのだ。そんな地域なのだから、ある程度の喧騒があるのは当然のことで、それを嫌だなどというのは「わがまま」ではなかろうか。副都心に居住する利便性だけは享受しながら、閑静な郊外住宅地と同じような静謐さだけは求める。あまりにも都合がよすぎる。新宿区の吉住区長は東京新聞の取材に対し「調べてみると東京二十三区で区立公園を出発地としているデモは二〇一七年度に二百三十五件あり、うち五十件が区内の柏木公園だった。これはちょっと異常。地元の人に「都市部だから我慢しなさい」と言えるだろうか」等と述べている。異常も何も、副都心なのだから当然のことなのである。副都心の喧騒が嫌ならば、郊外住宅地に移住すればよいのだ。新宿区でも住居系地域に指定されている地区はいくらでもある。商業地域に居住しなければいいだけのことである。
 その点で言えば、西戸山公園については住居系地域に区分されているので、西戸山公園についてはデモの出発地としての使用を認めないのは妥当である。そんなにデモが嫌ならば、東京都に働きかけて公園周辺の用途地域を住居系地域に指定替えさせるくらいの覚悟は欲しいところである。
 繰り返す。都心の利便性を享受しながら、喧騒は避けたいというのは「わがまま」なのである。

2.ヘイトデモについて
 すでにヘイトデモについては公共施設の利用を認めるか認めないかのガイドラインが法務省より自治体向けに示されている。私もその文書を情報公開法によって入手している。表現はなかなかに玉虫色になっているが、とはいえ、ヘイトスピーチについてガイドラインを設けてこれによって使用を拒否することを一律に否定するものではない。もっとも、最終的には司法判断によるものだが。それにしても法務省は「正当な表現行為を萎縮させるようなことがないよう留意すべきことはいうまでもなく」としている。ヘイトデモを理由にデモ一般を一律に規制するのは、やはり正当ではないと言えよう。まして、新宿区は副都心を抱える自治体である。そして、東京都心部に立地する法人からの法人住民税の分配を受けることができる、財政状態のよい自治体なのである。そのような自治体が、ヘイトスピーチに関するガイドラインを設定するということから逃げるのは、副都心を抱える自治体としては責任放棄である。これが国立市や東村山市、あるいは檜原村や奥多摩町の判断だというならわかる。これらの市町村は都心機能を持ってないのだから。
 デモに対応するのも都心部ならではの行政需要の一つととらえるべきで、そのような行政需要を無視するのは、責任放棄であるとしか言いようがない。

 それにしても、最近、都心部ならではの行政需要に応える責任を放棄している例がいくつか見られる。渋谷区が年末年始に宮下公園を閉鎖して、ホームレスへの炊き出しを妨害したのはその一例だ。この問題に対するTogetterまとめホームレス排除は子どもたちのための善意である - Togetterには「渋谷は諦めてリベラル勢力の強い世田谷とか杉並とか足立に移る話すらない時点で渋谷区に固執してるんだから積極的に渋谷区にケンカ売ってるんだろ?」だとか、「つくば市に移住させろ」だとか言いたい放題言って渋谷区を擁護している者が目立つ。これもしかし渋谷区の責任を足立区やつくば市に押し付けているだけである。つくば市ならいいが渋谷区はダメというのはどういう事情なのだろうか。土地がない?安価なアパートがない?それは渋谷区が公営住宅の整備を怠ってきただけで、なんなら土地収用法を適用して強制的に土地を収用したうえで公営住宅を建設したらいい。土地を収用された人はどこに行ったらいいかって?それこそつくば市に移住するなり世田谷杉並足立に移住するなりしたらいい。これらの自治体は土地が余ってるらしいから、いくらでも買えるでしょ。ホームレスは足立区に移住させてもいいが自分は足立区に移住したくないなんてのは単なるわがまま。もちろん、ホームレスへの福祉も都市部ならではの行政需要そのもので、都心を抱える自治体が福祉を提供しないのは、自治体の責任放棄である。

テーマ:地方自治 - ジャンル:政治・経済

プロフィール

資料屋

Author:資料屋
ブログ名変えた(2011.4.24)。落ち着かないなあ。

月別アーカイブ

FC2カウンター

ブログ内検索

ブロとも申請フォーム